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【ひろゆきが考える】弱者にとことん優しい社会の作り方  【季節の言葉1357】


【ひろゆきが考える】弱者にとことん優しい社会の作り方

■弱者が生きにくい社会■
 あなたは社会的強者でしょうか、それとも弱者でしょうか。

 この世は、勉強ができたり、お金を稼げたり、
社会的コミュニケーションができる人にとっては生きやすい社会です。

 一方で、勉強が苦手だったり、お金が稼げなかったり、
人とうまくコミュニケーションがとれない人には、生きにくい。

 努力でなんとでもできればいいのですが、
生まれた時点で後者であることが決まってしまうこともあります。

 じゃあ、弱者は諦めて生きなければいけないのでしょうか。
僕の考えは、少し異なります。

■たまたま生きやすかっただけ■
 社会に順応できて、バリバリ働いて暮らせる人は、そのまま頑張ってくれればいい。
そういう社会に生まれたことを感謝しましょう。

 でも、もしかしたら、「足が速いこと」によって
生きやすさが決まってしまう可能性もあったのです。

 アフリカで「シカ」として生まれてきたとしたら、ライオンやヒョウから逃げるように
「目がいいこと」「足が速いこと」などが社会で生き抜くために必要な能力だったはずです。

 というように、あなた自身の能力は、それが受け入れられる社会が存在することが必要条件なのです。

 そうであるならば、それに適応できない人を受け入れられるような社会にしていくことも、
能力がある人がやるべきことだと思うんですよね。

■働かなくていい社会もあり?■
 僕は、「食べ物をタダにする」という方法が実践できないかと考えています。

 一部の地方自治体によって、食料を買い取るのです。

 日本には、必要以上に備蓄されたり、値下がりするのを防ぐために
破棄するような野菜が残っていたりします。

 それらは捨てるのではなく、一部の地域で食べられるようにすればいいと思うんです。

 また、地方には廃墟になってしまったアパートや家が余っています。
それも解放していいと思います。

 そして、「働きたくない人」をタダで住まわせて、食料を与えるのです。

 その代わり、掃除や料理などは義務にして、身の回りのことはやってもらうようにします。
それにより、「誰かのために生きる」という役割が与えらますし、何より人とのつながりができます。

■思い切ったことをやってみては?■
 今の日本は、なかなか居場所が見つけられません。

 友達や家族がいないと、最初の知り合いと出会うことすら難しいのです。

 それに、社会人としてバリバリ働くことが大前提となっています。
それができない人には、非常に生きにくい。

 だったら、それ以外の選択肢を社会に用意してもいいのではないかと思いました。
まあ、考えのひとつでしかありませんし、実現は難しいとは思うのですが、
それくらい思い切ったことをやらないと、息苦しい社会が変わらないのではないかと思うのですが、
みなさんはどう思いますかね?


ワタシが以前から何度も言って来たことですね。
下記リンク先を読んで戴ければ分かります。

障害者施設殺傷 被告人質問「意思疎通とれない人間は・・・」 - 2020/01/25/ 10:00 (ココをクリック)
これ(リンク先)とほぼ同じ考えなのでワタシは賛同しますね。

別に「ただ単に働きたくない人・働くのが嫌いな人」でも良いんですよ。
ストレス無く生きて行く中で、何かの切っ掛けで
「働こう」と思えば働いたら良いワケで・・・・・

人間は「生きるのが目的」なワケで
「働くのが目的」では無いですよね。

人間は「生きるのが目的」なので
「働く」という「手段(方法)」を取る人が多いだけです。
今の社会に「手段(方法)」の選択肢が余りに少なく
あっても条件が多すぎるだけです。

“SDGs(持続可能な開発目標)”の中に「人」はいますか?
何でもかんでも出しゃばりな「経済」が前に出る。
そこには人を利用することしかない。

「循環型社会」というワリに、人には命令してばかり・・・・・
そんな「循環型社会」の中にあって
人を包み込む経済抜きの“SDGs”「循環型社会」があっても良いハズ
・・・っていうか無いこと自体がオカシイ。

例えば炭素排出量取引のカネで賄えば良い。
“SDGs”「循環型社会」なんだから、そういうことでしょう。

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“SDGs”「循環型社会」と聞くと
「伊勢神宮」を思い浮べるんですよねぇ~・・・・・

ワタシ、これでも「伊勢神宮内」に一週間ほど寝泊りした経験があり
夜明けとともに五十鈴川(いすずがわ)まで褌(ふんどし)一丁で行き
禊(みそぎ)を毎日、やらされましたからね。(笑

■伊勢神宮の「自給自足経済」

 伊勢の神宮に参拝すると、参道を囲むうっそうとした巨木に太古の自然を感じます。
しかし実は、これは伊勢神宮の森のごくごく一部です。
参拝者が訪れるのは約7ヘクタールの宮域ですが、森全体はその800倍近く、総面積5500ヘクタール
東京ドーム1200個分、世田谷区とほぼ同じ面積の深い森が広がっているのです。

 この深い森と、その中を流れる五十鈴川、そして五十鈴川が伊勢湾に流れ込む二見浦
それらのごく一部に農林水産業のすべての要素があり、伊勢神宮の「自給自足経済」が実現されています。

 稲作用の田が神宮神田(しんでん)、野菜や果樹が育つ畑が神宮御園(みその)。
ここで収穫された農産物は、毎日二回おこなわれる日別朝夕大御饌祭(ひごと・あさゆう・おおみけさい)をはじめとする
日々の神事の際の神饌(しんせん、神さまの食事)となります。

栄養分たっぷりの五十鈴川の水は大量のプランクトンを発生させ、豊かな海の幸をもたらします。
伊勢海老や鯛、鰒(あわび)や昆布などの海産物も、神さまへの大切なお供えとなります。

■産業は人間の命を支える神事

 こうした人間の衣食住を支える物質的な富を、神から授けられた大切なものと考えのが、神道の特徴です。

 私たちの祖先たちは、木々を育てたり農作物を作ったり獲物を収穫する技を、神々から授けられたと考え
そして自分たちは神々の子孫であるととらえてきました。
その自分たちは、神に守られた土地において、神から伝わった技で手にした収穫物を
感謝を込めて神に捧げてきたのです。

 農林水産業とは、人間が自然に働きかけて自然の恵みをいただく営みです。
自然によって人間が生かされている事に我々の先祖は深く感謝し、その一部を神様にお供えしたのです。
ついでに言えば、工業も同様です。

 このほかに、日々の神事で使われる素焼きの土器(かわらけ)も、土器調製所で独自に作られています。
その数、年間六万個。一度使った土器は細かく砕き土に返します。

 そもそも伊勢神宮の内宮でお祀りされている天照大御神は、高天原の田で御自ら育てられた稲穂を
孫神のニニギの命に授けられて、地上に送られました。
また外宮でお祀りしている豊受大神(とようけおおみかみ)は食と産業の守護神です。

 現代においても、企業で神様を祀ることが多いのですが
これも人間の命を支える各産業を神事と捉える伝統があるからでしょう。

■「ごちそうさま」が示す「労働は神事」

 各産業が神事として捉えられているので、そこでの人間の労働も神聖な営みです。
そもそも天照大神ご自身が高天原で田を耕されているのですから、労働が神事であるのも当然です。

 我々は食事の後で「ごちそうさま」と言います。

ごちそうさまは、「ご馳走さま」と書きます。
たとえば、おかずに焼き魚が出てきたら、魚を釣ってくれた漁師さん、それを運んでくれた運送屋さん
売ってくれた魚屋の人たち、そしてもちろん料理を作ってくれた人……。
つまり自分のために走り回り、労力を使ってくれた人への感謝・・・が、この言葉に表れています。

 しかも、このように自然の力を借りながら、食べ物を作る労働自体が、
神々に対する祈りであると考えられてきました。
したがって、自分たちが汗水垂らして作ったものでなければ、神様にお供えしてはいけない
・・・と考えられているのです。

 神宮の森と五十鈴川と二見浦で採れる食材を自分たちで調理して、お供えする
・・・という自給自足経済の根本には、このように労働を神事と考える伝統があるのです。

■自然界のすべては「神の分け命」で、人間の同胞

 一方、食事の前には「いただきます」と言います。
これは食材の「いのち」をいただいて、自分のいのちのエネルギーとさせていただきます・・・という意味です。

 太古の我々のご先祖様は、すべての動植物、魚類などのお陰で
我々の生命が支えられていることに深く感謝の念を抱いていました。
また食材だけでなく、衣服の素材となる植物、土器を作る土や炎、住居を作る樹木などのお陰で
生活が成り立っていることに「お陰様」という気持ちを抱いていました。

 そして、これら自然界のすべてのものに「神の分け命」が宿っていると考えました。
もちろん、人間にも「神の分け命」が宿っていますから、人間にとって草木も山川も「同胞」なのです。
これは全ての生物が同じ構造の遺伝子を持つ、という現代科学の生命観に通じます。

「自然界のすべての生きとし生けるものが互いに支え合っている」という自然観では
「足るを知る」ことが大切とされます。
農耕を始めた世界の古代文明は、原始農業による自然破壊で砂漠化してしまっていますが
それは自然に対する同胞感の欠如から、人間が自分のことだけを考えて
「足るを知る」ことなく、野放図な開発をしてしまったからです。

 人間中心の考え方で自然を乱開発してきた近代西洋文明が行き詰まりを迎えて
SDGs(持続可能な開発目標)が訴えられているのも、「足るを知る」ことを弁(わきま)えなかったからであり
そして、その根底には、自然の全てが「神の分け命」として人間と同胞であるという自然観を持っていなかったからです。

■多様で平等な八百万の神々が力を合わせる世界

 自然界のすべてのものは互いに支え合っています。
たとえば、樹木は山が集めた水をいただき、太陽の光で光合成を行い
また鳥たちが実をついばんで、種子を運んでくれます。

 万物に神の分け命が宿り、それらがすべて支え合っているのです。
したがって、自然界のすべての命は多様で平等な存在です。
この「多様で平等」という考え方は、日本社会の基盤となっています。

 その伝統は、日本神話で天岩戸に隠れてしまった天照大神にお出まし戴く場面からも窺えます。
八百万の神々は一同に会して智恵を集め、作戦を練ります。

そこで、天宇受売命(あめのうずめの)が神楽舞を舞い、神々がどっと歓声をあげて
天照大神が何が起こったのかと岩戸を少し開けたところを
腕力のある天手力男命(あめのたじからおのみこと)が岩戸をこじ開けて
天照大神を引き出すのです。

 祭祀と神楽を思いつかれた「企画者」ともいうべき思金命(おもいかねのみこと)
斎場をしつらえられた「舞台・音響担当」の天布刀玉命(あめのふとだまのみこと)
祝詞を奏上した「司会担当」の天児屋命(あめのこやねのみこと)など
それぞれの神さまが自分の長所を生かされ、役割を果たされた結果
世界に光が戻り、調和と秩序を取り戻すことができたのです。

 一神教のGodは、唯一絶対の存在で、そこには多様性も平等もありえません。
そう信じていた西洋社会は、皇帝による独裁国家になりやすいのです。
その独裁者の権力に対抗して、民が権力を持つべく戦ってきたのが「デモクラシー」
すなわち「民衆(デモ)の権力(クラシー)」を主張する「民主主義」なのです。

 ところが、我が国では「多様で平等な八百万の神々が力を合わせる」という世界観が
神話の時代から根付いていたために、独裁とは縁遠い社会でした。
五カ条の御誓文で「万機公論に決すべし」といきなり宣言されても
国民みなが当然の如く受けとめたのです。

 西洋諸国以外では、日本が自由民主主義を最初に取り入れ
しかもきわめてスムーズに定着させたのは、こうした世界観を国民が抱いていたからです。

■人の心を本来の正常(=清浄)な姿に戻す「お清め」「お祓い」

 神道では、人は神の「分身」ですから、そのままで完璧な存在だと考えます。
キリスト教のように「原罪」の赦しを求める必要もなく
仏教のように修行を通じて悟りを開く必要もありません。

 人間は本来、善性を持っていることの科学的証拠が積み上がって来ています。
今まで原罪説に支配されていた西洋社会が新たに「性善説」に目を開きつつあるのですが
実は、その人間観は太古の昔から神道が説いてきたものでした。

 しかし、それではなぜ、時折、悪人や犯罪者が現れるのでしょうか?

 本来はパーフェクトな存在であっても、人はときにストレスをためたり
ネガティブな思いを抱いてダメージを受けることもある。
そのとき、人を正常(=清浄)な姿に戻してくれるのが神社であり「お清め」や「お祓い」なのです。
人を本来の「神」である自分に戻してくれるシステム。それが、神道と言ってもよいのです。

 たとえば、長い間、高い地位についていると、その地位に馴れて
当初の一生懸命に職責を果たそうという姿勢も見失ってしまいます。
さらには慢心して自分の独裁が当然と思ってしまうこともあります。
そういう慣れや慢心が、その人が本来持っていた正常かつ清浄な姿勢を覆い隠してしまうのです。

 政治家が選挙を受けるのを「禊(みそ)ぎ」というのも
初心に戻って、選挙民のために尽くすべきことを思い出させる機会だからでしょう。

 人間は、他の動植物とは違って心があります。
その心によって、村落や国家などの共同体をつくり、また川の水を田に引いて稲を育てるなど、文明を育ててきました。
それが神の御心に沿った善いものであれば良いのですが
本来の正常かつ清浄な心を忘れて、無限の欲望に駆られたりすると
おかしなことになってしまいます。

 この意味で、権力を握る人々の上に皇室をいただいて、
天皇が常に神々に大御宝(=国民)の安寧を祈られているというのは
天皇の無私の大御心に触れることが、権力者にとっての「お清め」や「お祓い」になる
・・・と考えると、その深い合理性が理解できます。

今日は「お盆」なので少し真面目に・・・・・

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