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日米、埋め立て批判強める=中国反発、議論かみ合わず-アジア安保会議


日米、埋め立て批判強める=中国反発、議論かみ合わず-アジア安保会議
時事通信 2015/05/30/ 21:40
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201505/2015053000285&g=pol


【シンガポール時事】2日目を迎え本格討議に入ったアジア安全保障会議は30日、南シナ海で岩礁の埋め立てと施設建設を進める中国を日米が批判し、中国が応酬する展開となった。ただ、東南アジア諸国連合(ASEAN)と中国の間の行動規範策定を急ぐべきだという意見のほかは、具体的な解決策は示されず、日米と中国、ASEANの議論はかみ合わなかった。

 「アジアの安全保障の秩序は強制、威嚇に基づくものであってはならない」「力や強制、後戻りできない事実を生み出し、不安定を醸成しようとする試みを深く懸念している」。カーター米国防長官は演説で、力で脅し無理やり相手を従わせることを意味する「コアーション(強制)」という単語を連発し、強引に海洋進出を図る中国をけん制した。
 中谷元防衛相も「中国を含む各国が責任ある立場で振る舞うことを期待する」と表明。昨年は国名を挙げなかったが、今年は中国を名指しして、くぎを刺した。
 これに対し中国側は、南シナ海で問題を引き起こしているのは自分たちではないとの持論を展開した。国防省外事弁公室の関友飛主任は「中国の主張は、いかなる国家によっても左右されるものではない」と述べ、埋め立て活動を継続する考えを改めて表明。中国は、監視飛行を続け軍事的に威嚇しているのは米国の方だと反論している。
 一方、南シナ海を舞台にした領有権争いの解決で主要な役割を果たすと期待されるASEANの内部では、中国と対峙(たいじ)するフィリピンやベトナムと、タイやマレーシアなどとの間で立場に開きがある。
 今回の安保会議でも、ASEANからは、好戦的態度を取らず、対話を深めようと呼び掛ける融和的トーンが目立った。米国の同盟国でもあるタイの政府高官は「もちろん同盟関係はあるが、他の多くの国にも目を向けている。中国と他の係争国の話し合いが前進すると大いに期待している」と述べた。
 「扇動的発言はどの国にとってもためにならない」。マレーシアのヒシャムディン・フセイン国防相はこう訴え、紛争防止のための行動規範策定の重要性を強調した。カーター長官はASEANと足並みをそろえて対中圧力を高める構えを示したが、一致した対応を引き出すのは困難なようだ。
■□━━━━・・・・・‥‥‥………………………………
「アジア安全保障会議(シャングリラ・ダイアローグ:Shangri-La Dialogue)」
予想通りの展開ですね。

この中国の動きは既に昔々から想定できた事なのです。
そしてこの問題では、どうしても理解して戴かなければならない事があります。
それは人類の歴史とは「ランドパワー(大陸国家)」「シーパワー(海洋国家)」による闘争の歴史なのです。
この件を理解しなければ、現在起こっている事も理解できません。
・・・というか、上っ面しか理解できません。

理解した上で判断・行動しなければ日本は「敗北」してしまいます。
この「敗北」という言葉、なぜ「北」なのでしょう。「東・南・西」ではなく「北」。
その答えも下記を読んで戴ければ判ります。

とても分かりやすく理解しやすいです。・・・が、ブログとしては文章が長いです。
だから読む人も少ないだろうと思いますが、
今後の日本を考えている人なら読んで理解しておく必要のあるものです。









日本の国家戦略(二)パワー・ポリティクスの未来学
ポンジュースが飲みたい 2014/07/05
http://blog.livedoor.jp/bz_elle/archives/39575224.html


日本人が知らない「二つのアメリカ」の世界戦略 深田匠(P542~P578)

 米国防総省のA・マーシャルが一九九九年に作成した「アジア二〇二五」というレポートがある。このレポートでは「アジアには今後、中国による破局的な非連続的構造変化が、しかも急速にやってくる可能性がある」「中国が近代化に成功して強い国になった場合、中国は彼らのいう戦略国境論を実践に移し、日本に日米安保破棄と中国の属国化(衛星国化)を迫る」「中国が近代化に失敗した場合、経済停滞から二十世紀前半の中国大陸のような状況となり、軍事的冒険主義に走って米露と衝突する」「中国は強国となっても弱体化しても、いずれにしろ米国の競争相手となる」と分析予測している。


 さらに同レポートでは二〇二五年における日本の未来として、①米国との同盟を強化して軍事的・国際政治的に自立した大国となる、②日米安保を解消して狐立した軍事大国化の道を進む、③中国の覇権を受容してその事実上の属国と化す、以上の三パターン以外にありえないとも分析している。日本の現状を鑑みると②の可能性は最も低く、中共-米国民主党-日本の親中左派が目指す③に対して、我々が採るべき方向性は共和党及び台湾独立派と連携しての①の未来ではないだろうか。これについては同様にS・ハンチントンも近著『引き裂かれる世界』の中で、日本の近未来は「アメリカとの同盟を強化して中国への対抗勢力形成を進める」「台湾・ベトナム・インドネシアなどを日本グループに入れ、軍事大国となって独自に中国に抵抗する」「中国主導の地域連合に入り従属的地位に置かれる」の三パターン以外は存在しないと断じている。つまり日本の二十年後の近未来は、この三つの可能性以外は絶対に存在しないのだ。そのことをご記憶いただいた上で以降を読み進めて頂きたい。


 二〇〇四年二月十五日の米ワシントン・ポスト紙は「パキスタンの”原爆の父”と呼ばれるカーン博士によるリビアやイラン、北朝鮮などへの核兵器技術拡散の闇ルートは、中国が起点だったことが浮き彫りになった」と報じているが、かつてソ連が日独と英米を衝突させて資本主義国同士の衰退を謀ったごとく、中共は中東と米英の衝突を謀っている。イスラムとアメリカを対決させることによって、最後に世界覇権を握るのは中共だという戦略である。そしてその中共の野望の妨げになるもの、それはただ一つ、中共にとってのアジアの宿敵日本が目覚めることだけなのだ。それをよく理解しているが故に、ブッシュ政権は日本に対し「目を覚ましてくれ」と願い、靖國参拝の申し出まで含めた心からのエールを送っているのである。戦闘行為さえできない自衛隊のイラク派遣にブッシュ政権が大喜びしたのは、この日米団結の絆が一歩確かに前進したからなのだ。


 一九九四年八月二十二日付の米ウォールストリート・ジャーナル紙(共和党系)は次のような一文を掲載している。「民主国家日本の有権者が、いつまでも無防備のままでいいと考えているのは誤りだ。日本がどんな自衛策を講じるかによって、今後何十年ものアジア全体の安全保障の形が定まるであろう。(小略)より恒久的な問題は中国で、中国が日本を戦略上の競争相手とみなすことは不可避だ。日本がいつまでも受け身で傍観すべきではないことは誰もが納得しよう。他のアジア諸国は、日本の力が中国の野望の抑止力となり得るかどうかを熱心に見守っている。日本が自国の軍事的安全保障を真剣に考えるなら、立派な役割を果たすことができる。その場合の真の問題は、日本がどのような超大国になるべきかだ。日本が強大な軍事力を持ちつつ防衛的超大国になるなら、それは日本にとってもアジアにとっても一番いいことであろう。その前に日本は第二次大戦ノイローゼという重荷を下ろすべきだ」。つまり日本の軍事力増強こそが中共の野望を抑止すること、それをアジア諸国が願い見守っており、そのために日本はまず自虐史観と決別するべきだと分析しているのだ。まさに然り、同紙が述べるとおり日本が目覚めて中共のアジア制覇の野望を阻止するか否かによって、今後何十年ものアジア全体の安全保障は左右される。これこそがまさに現代の大アジア主義であり、アジア全体に対する日本の責務である。決して外務省の赤い官僚が主張するが如き「中国への謝罪と償い」などがアジア主義ではなく、また日中の連携などという非現実的な幻想も現代のアジア主義ではない。


 ハンチントンの『文明の衝突』では、「中華文明・イスラム文明」対「西欧文明」の衝突によって新世紀の世界は拡散した恒常的暴力の時代になるというが、まさにその予測どおりに現実の世界は動いている感がある。西欧とアジアが敵対するような近未来は、何としても回避しなければならないが、中共の中華文明(大中華覇権主義)とアメリカが代表する西欧文明では対決は不可避となる。西欧とアジアの掛け橋となることが明治維新以来の日本の使命であり、また世界中でその役割が果たせる国は日本しかないのだ。それは即ち、日本がアメリカの同盟国としてアジアの平和を乱す中朝を倒し、アジア平定を行う使命を意味している。そして中共政権が崩壊すれば日本はアジアのバランサーとなり、そうなれば世界人口の半数を占めるアジアのリーダーとして日本は、米欧露に対する大きな国際影響力を持つことになる。欧米白人諸国に対して堂々とアジアの主張を行い、それを通用させるだけの「力」を日本が持ち、再び大東亜共栄の理念を掲げたとき、そのときが真の興亜実現のときとなるであろう。日本がこの使命を果たさずして、興亜すなわちアジアの友好繁栄は決してありえないのだ。父祖たちの世代が私たちに大東亜戦争という偉大な足跡を遺してくれたように、私たちもまた中共政権打倒という足跡を子供たちに遺してやろうではないか。

 

 さて地政学の創始者の一人として高名なオックスフォード大学教授ハルフォード・マッキンダーは、「海洋国家が大陸国家と対峙している場合、その中間に存在する半島部分を大陸国家に支配されてしまえば、その海洋国家は滅亡するしかない」と述べている。これは紀元前から現在に至る人類の歴史が裏付けている事実でもある。明治維新以来の日本人は、海洋国家日本が生き残るためには、大陸国家(シナ、ロシア)との間に存在する唯一の半島部分、すなわち朝鮮半島こそが日本国家存続のカギとなることを本能的に理解していた。古代より朝鮮半島の歴史とは、内紛に外国を巻き込む歴史を延々と繰り返しており、好むか好まざるかに関わらず日本も絶えず巻き込まれ続けてきたのである。これは海への出口を確保しようとする大陸国家と、大陸への足掛かりにしようとする海洋国家とに挟まれた半島国家の地政学的宿命であり、古今東西の歴史の中で紛争を繰り返してきた地域の多くは大陸から突き出した半島部に位置している。こうして日本は朝鮮半島をめぐる支配権の対立によって日清・日露の両戦争へと至り、この二つの戦争に日本が勝ったことで日本の独立と主権は守られたのである。


 また大東亜戦争においても、ロシアとシナというこの二つの大陸国家はともに共産主義となり、日本を脅かし続けた。大東亜戦争は大陸から押し寄せる共産主義を阻む防共戦であると同時に、朝鮮半島がシナやソ連ではなく日本の支配下にあったからこそ、日本はあれだけ長くアメリカと互角に戦い続けることができたのである。まさしく昔も今も日本にとっての生命線は朝鮮半島なのであり、だからこそ当時の日本は朝鮮半島を合併したのであった。また戦後においても、日本に接する南半分の韓国が自由主義陣営に属し、日本と共にアメリカの同盟国であったからこそ、戦後日本の平和は保たれたのだ。現に韓国は、朴政権から全斗煥政権に至るまで「釜山赤旗論」(釜山に赤旗が立てば日本も共産化される)を唱えて、日本に韓国の安保費用負担を要求していたぐらいなのである。平和ボケしきった現在の日本人は、この朝鮮半島をめぐる地政学的な国際力学をまったく理解しておらず、それは自虐史観が「歴史に学ぶ」ことを否定せしめているからに他ならない。


 もし現在の北朝鮮問題をアメリカ主導の下に解決できたとすれば、金正日体制崩壊後も日本にとっての東アジア地政状況は大きく変化しない。しかし、もし中共主導で金正日体制が核開発中止によって生き残った場合、もしくは中共主導により北朝鮮に代替政権が樹立された場合、北朝鮮は中共への依存を深め、また既に反日はもとより反米親中が大勢となっている韓国も中共の支配圏に入ることは確実である。つまりかつての日本が日清戦争で戦って守り抜いた朝鮮半島は、再びシナ(中共)の勢力圏下に組み込まれるということである。韓国軍は現役兵だけでも六十八万人、それに北朝鮮の百二十万人を加えると、その総兵力はアメリカを抜き、中共に次ぐ世界第二位になる。廬武鉉政権が狙う南北連邦国家が成立すれば、世界第二位の兵力と核ミサイルとを保持する「中共の第一の子分」が日本の喉元に刃を突きつけることになるのだ。すなわち対馬海峡が新しい「三十八度線」になるということだ。この国際力学の変動が台湾の統一派を有利に導き、もし台湾が中共に統一されてしまえば、それはASEAN諸国全てが雪崩を打って自動的に中共の勢力圏下に組み込まれることを意味する。つまり東アジアにおいて存在するのは、中共とその勢力圏下の衛星国、そして唯一孤立する日本、そのような状態が出現するということだ。従って北朝鮮は何としても崩壊させなければならず、小泉首相が「任期内に国交回復を目指す」とか言っているが、国交回復による経済援助などは論外の愚行であり、朝鮮半島全部が中共の勢力圏下に入れば、「アジア二〇二五」レポートの③の未来が確定する。


 韓国保守言論界の重鎮である李度珩朝鮮日報元論説委員は、この現状況について「(朝鮮半島は)有史以前から十九世紀末まで、あらゆる面で中国すなわち大陸勢力の絶対的な影響力下にあった。ところが十九世紀末から始まった日本の大陸進攻によって、朝鮮半島は海洋勢力のもとで近代化を歩むこととなった。(日本敗戦後も)南半分はアメリカという海洋勢力の影響下に残った。(小略)しかし現在の韓国は、とくに若い世代の情緒的な反米・親中感情とナショナリズムヘの顕著な傾斜によって合理性を特徴とする海洋勢力に別れを告げ、情緒と非合理性(専制主義等)を特徴とする大陸勢力の影響下に入りつつある。中国を背景とする共産化した統一韓半島像を思い浮かべるだけでも、日本にとってこうした事態が国家存亡にかかわる脅威であることは容易に想像できるであろう」と述べておられる。朝鮮半島を中共圏に取られるか否かが、日本の国家存亡を左右する最大のファクターであることを、対中謝罪外交を重ねているような大半の日本の政治家は全く気付いていない。もしこの中間の半島部分を大陸国家(中共)に支配されるに及び、中共のアジア支配が現実化したその時は、人類の歴史が教えマッキンダーが説いたごとく、海洋国家日本を待ち受ける長期的未来はただ滅亡あるのみである。現実問題として日本が朝鮮半島を自国の勢力圏下に置けない以上は、日本の未来を左右するものは東アジアとりわけ朝鮮半島が米中いずれの勢力圏下にあるかということであり、それは日本自身が日米同盟を対等な堅固なものにして中朝同盟と対決できるか否かということにも賭かっているのだ。


 ところでこの朝鮮半島の位置のみならず、敗戦によって日本で封印されてしまった「先人の知恵」なるものが存在する。例えば日本の敵は常に北の方角からやってくるという歴史上のジンクスがある。北のロシア(ソ連)、北西のシナ(元、清、中共)、そして北朝鮮も北西に位置している。従って日本では敵に敗れることを「敗北」と言い、「敗南」とか「敗東」と言わないのは、これに由来しているのだ。また国境の島の防人たる武家を主な出自とする北島姓や西島姓は多いものの、南島姓や東島姓が少ないのも同じ理由であり、日本の東方は海であり南方にも日本を敵視する国は存在しない。日本の南方には、台湾を筆頭にインドネシア、フィリピン、パラオ、サモア、トンガ、キリバスなど五十ヵ国近くの島国が有り、これらの島国は独自の海洋国サミットを形成しており、日本にそのリーダーたるよう強く推している。外交の基本は「遠交近攻」と言われるが、日本は北方の敵である北京と一切手を切り、南の親日海洋国とASEAN諸国、そして東のアメリカ共和党勢力と固く手を結んで、「北」を常に警戒する構えを維持するべきなのである。それが「敗北」という語が教える「先人の知恵」なのだ。


 さて、そろそろ人類の歴史を動かすパワー・ポリティクスの根本となる「原理」、その核心に入ろう。日本で「敗北」という言葉が使われてきたことは、地政学的な日本の位置を先人が正しく理解していたことを裏付けている。前出の地政学の大家マッキンダーは「人類の歴史とは、ランドパワー(大陸国家)とシーパワー(海洋国家)による闘争の歴史である」と定義している。実は前述したカルタゴ(大陸国)とローマ(海洋国)の戦いもこの二つのパワーの衝突だったのである。大陸国家すなわちランドパワーとはその国境の全て又は多くの部分を陸続きの隣国に囲まれている国であり、一方海洋国家すなわちシーパワーとはその国境の全て又は多くを海に囲まれた国を指す。従って海洋国家日本は純粋なシーパワーであり、またアメリカも北米大陸上にはあっても領土の周囲の大半が海であるためにシーパワーに分類される。この海洋国家と大陸国家の文明には特徴的な大きな違いがあり、常に国境を幾つもの隣国と接するストレスから大陸国家は、必然的に対立・嫉妬・闘争・復讐・弾圧・殺戮等からなる「争いの文明」を生み出す。ロシアやシナなんかはその典型である。


 平成十六年六月号の「諸君」誌で、中共在住の日本人翻訳家の方がこのシナ人の気質について次のように述べておられる。「中国人とは、お人好しで平和愛好の日本人とは全く違う荒々しい民族である。上昇志向の強烈な、悪く言えば強引強欲で、しかし天才的商才=悪知恵に長けた民族である。その自己主張の激しさには到底我々(日本人)が及ぶところではない。絶対に自分の非は認めないで、逆に徹底的に相手を攻撃する。何千年来、彼らが先祖から受け継いできた生活信条は『水に落ちた犬は叩け』なのである」。これは大陸文明の特徴を実に適確に言い尽くしている。


 一方、それに対して海洋国家は隣国との間を海が隔てるために、日常的に外敵のストレスにさらされることが少なく、そのために調和・寛容・温順・謙譲・自由・柔和等といった「協調の文明」を生み出すのである。神道に由来する日本の「共生の文明」は、まさに海洋国家の文明を代表するものであり、マグリン教授云うところの「風呂敷包みの文明」の例えの如くあらゆる事象を大きく包み込む文明である。このように大陸国家と海洋国家では文明の特質が正反対であり、ロシアやシナが国家間の条約や信義を平気で破るのに対し、米国や英国がそういった行動を取ることがほとんどないのも、この文明の差異に由来している。


 そして地政学に基づく人類の歴史を鑑みるとき、国家は同じパワーに分類される国と同盟を結んだ時が一番有利であるという不動の結論が導き出される。例えば大陸国家シナの国共内戦において、海洋国家アメリカと組んだ蒋介石の国民党政権は、大陸国家ソ連と組んだ毛沢東の共産党政権に敗退して台湾という洋上の島に逃れることになるが、同じパワーの国と組んだ毛沢東にその軍配が上がったのは地政学上の当然の結果である。それでは近現代の日本の場合はどうだろうか。かつての日英同盟は共に海洋国家同士の同盟であり、日本が大国となるために大いに有利に作用した。日露戦争の際、イギリスは日英同盟に基いてロシア艦隊の通行を阻止するためにスエズ運河を封鎖し、これは結局ロシア艦隊が遠回りして疲弊することで日本海海戦の日本勝利を導いた。日本海海戦時に日本海軍が保有していた主要艦船三十一隻の内、十三隻はイギリスから購入したものである。そして日英同盟は日本のみならずイギリスの国益保護にも有効に機能した。さらに戦後日本が今日の繁栄を築いたのも、海洋国家アメリカとの同盟がその最大の要因である。外交のイロハと言われる「遠交近攻」は実はこの地政学に基づく発想であり、つまり海洋国家日本が栄えるためには必ず海洋国家と同盟又は友好を結び、同時に大陸国家に対しては警戒を怠らず深入りした関係は絶対禁物ということなのだ。従って日本が選択するべき同盟は、日米同盟に加うるならば日台同盟や日英同盟などシーパワー同士の同盟以外には絶対に有りえないのだ。


 海洋国家イギリスがユーロさえも導入せずにEUに対して極端に消極的なのは、EUがすなわち大陸国家連合、ランドパワー連合であるからだ。欧州の中核を自負する大陸国家フランスと海洋国家イギリスとは、その歴史を鑑みるに決して親密な関係ではなく、「英仏はいつも戦争をしてきた伝統的なライバルだ。戦争しなかったのは、共通の敵と戦うために同盟を結んだ時だけだ」(ド・ゴール)といった具合に実は犬猿の仲である。


 第二次大戦でフランスがいとも簡単にドイツに破れた根因は、シーパワーのイギリスと組んでランドパワーのドイツと戦ったからであり、一方イギリスが最終的に勝利したのはシーパワーの米国の参戦によるものだ。フランスはこの地政学上のミスを教訓として、一九六三年にいわゆる「理性的結婚」と称されるエリゼ条約でドイツと手を組み、さらに米英シーパワー同盟に対抗するために、二〇〇四年にランドパワー中共と正式に手を組むに至ったのである。一方イギリスが米国とのシーパワー同盟を強化することも、欧州における仏独ランドパワー同盟に対抗する上で不可欠な地政学上当然の選択であり、米英側に与しての小泉首相のイラク戦争支持も地政学上において正しかったのである。小泉首相がそれを理解していたとはとても思えないが、結果的にこれは人智を超えた巨大なスケールで人類を動かしてきた「方則」、いわば大自然のダイナミズムに沿った選択であったのだ。


 さてランドパワーとシーパワーの中間国家というものも存在している。朝鮮半島やギリシャのような半島国家もそうであり、ベトナムのように領土の半分がそれぞれ海と陸に面しているのも中間国家に分類される。前述の如く、こういう国家は両パワーの衝突の舞台となりやすく、紛争の舞台となる宿命にある。従ってベトナム戦争も朝鮮戦争も、地政学上において当然起こるべくして起こった戦争なのである。そして中間国家はその紛争リスクのデメリットを負うと同時に、どちらのパワーとも同盟を組むことができるというメリットも併せ持っている。こういう中間国家がどちらの勢力圏に加わるかで両パワーのバランスが変わるのだ。それ故に例えば、朝鮮半島の大陸側(北)が大陸国家の中ソと組んで共産主義となり、海洋側(南)が海洋国家アメリカと組んでシーパワーの勢力圏下に入り自由主義を選択したことも、地政学的に当然の帰結である。ベトナムも共産化したのは大陸寄りの北側であり、アメリカと組んだのは海洋寄りの南側だ。このように中間国家が両パワーの紛争の舞台となる場合には、大陸に接する部分と海洋に接する部分が二つに割れて代理戦争を起こすケースが圧倒的に多い。そしてこの中間国家を同盟に得ることが、両パワーにとって最優先される地政学的戦略となるのだ。

 

 ランドパワーのロシアに度々侵略されてきたトルコはシーパワーの海洋国家であり、冷戦下でアメリカはソ連に対する「防共の砦」としてトルコと半島国家ギリシャにずっと軍事支援を行ってきた。イスラム教国のトルコが屈指の親米国であり、また同時に親日国でもあるのは、シーパワー同士で相性が良いからなのだ。トルコとギリシャは地中海の東の奥にあり、大陸のソ連から見ると黒海から地中海へ抜けるための海の出口をふさぐ形で、両国が向かい合って位置している。トルコはアメリカとのシーパワー同盟で強化されていて手が出せないため、ソ連は半島国家ギリシャ国内の共産ゲリラを操って革命を支援したが、この共産ゲリラ軍のクーデターは一九四九年に米軍の支援でギリシャ政府軍が鎮圧するに至っている。これによってソ連は地中海方向への侵出を封じ込められることとなった。このように半島国家、そして両パワーの中間国家が圧倒的に紛争・戦争の舞台となってきたことは、有史以来の人類の歴史が見事に証明しているのだ。


 朝鮮半島を除くアジアにおける中間国家として重要な鍵を握っているのはインドである。インドは北半分が大陸に、南半分が海に面しているため、両パワーの中間的な存在である。従ってインドが海洋国家アメリカか、大陸国家中共か、どちらに与するのかで米中の国際力学は大きく変わる。インドは地政学上どちらのパワーと組むことも可能であり、それ故に米中両国はインドを自陣営に引き入れるために綱引きを続けているのだ。ちなみにASEAN諸国はごく一部を除いて基本的に海洋国家であり、従って日本との相性が良い一方で、中共による覇権を内心非常に嫌い警戒している。フィリピンやタイが日本に合同軍事演習や自衛隊によるASEAN防衛を求めたことがあるのは、中共のランドパワーに対抗するためのシーパワー同盟を求めたということでもある。なお台湾本省人と日本の相性が良く、本省人が日台同盟を切望するのもこれと同じ原理に由来する。


 さて地政学上においては日本人が決して忘れてはならない二つの方則が存在している。一つはランドパワーとシーパワーは必ず衝突し対決する運命にあるということ。そしてもう一つは、もし対決をどちらかが避けた場合は、避けた側が相手国の属国となるしか国家として生き残る道がなくなるという方則である。日清戦争も日露戦争も、シーパワーとランドパワーの対決であった。米ソ冷戦もそうだ。今回のイラク戦争も、米国のシーパワーとイラクのランドパワーとの対決である。そしてこのイラク戦争において米国のイラク攻撃を支持した主要国は、日本、英国、イタリア、オーストラリアなど全てシーパワーたる海洋国家(および中間国家)であり、反対したロシア、中共、仏、独は全てランドパワーたる大陸国家である。賢明なる読者諸氏はもうお分かり頂けたであろう。世界は全て地政学で動いているのだ。私が本書で述べてきた全ての国際情勢は、地政学に基いての二つのパワーの衝突なのである。


 米英と仏独の対立はシーパワーとランドパワーの対立であり、アフリカが中共の勢力圏下に入ったのもランドパワー連合であり、中共が歴史カードを使って日本弱体化戦略を進めるのもランドパワーからシーパワーヘの攻撃である。中共と台湾本省人の対立も二つのパワーの対立であり、オーストラリアのハワード首相が「安保理常任理事国に欠けているのは日本だ」と述べるのもシーパワーからシーパワーヘの援護に他ならない。大陸国家イラクがランドパワーの仏露中から武器を買って石油利権を与えつつ、一方で常軌を逸した反米主義を取っていたのも、二つのパワーの対立からして自然なことなのだ。この二つのパワーの攻めぎ合いが人類の歴史、戦争の歴史そのものであり、この地政学を基本とする国際政治がパワー・ポリティクスである。



 実は米国共和党は長年この地政学を全ての国際戦略の基礎に置いており、共和党系シンクタンクは優れた地政学者の宝庫なのだ。この地政学に基づくパワー・ポリティクス戦略はリアリズム国際政治とも呼ばれ、地政学者でもあったH・キッシンジャー(ニクソン共和党政権の国務長官)が中共を国家承認したのは、中ソのランドパワー同盟を決裂させ対立させるためであった。共和党政権による中ソ離反工作によって中共との同盟を引き裂かれたソ連は、ランドパワーにおける有力なパートナーを失い、英国や日本といった有力なシーパワー同盟国を保持するアメリカに破れ去り崩壊に至る。実は共和党は一世紀前から地政学を重視してはいたものの、地政学を明確に党学として位置付けたのは第二次世界大戦における「失敗」にその端を発している。


 第二次世界大戦ではシーパワー同士である日本と米英が戦い、一方米英はランドパワーのソ連及びシナと手を組んだが、その結果は英国は世界中の植民地を失い、米国は膨大な戦死者を出しただけで何の利益も得られず、シナ(国民党政権)は弱体化して内戦に破れ、日本は焼け野原となり、シーパワーの日本と結んだ大陸国ドイツも瓦礫の山と化した。シーパワーの英国と組んで同じランドパワーのドイツと戦った大陸国フランスは屈辱的な大敗を喫し、一方の英国も欧州戦で孤立して敗戦寸前まで追い詰められるに至っている。


 ランドパワーのドイツは実は当時地政学の研究では先進国であり、そのために欧州における中間国家であるイタリアをまず抱きこみ、さらに同じランドパワーのソ連と不可侵条約を結ぶことで、戦争の前半は圧倒的な強さを示して欧州全土を手中に収めた。しかし勢いに乗った余りに、同じランドパワーのソ連への侵攻、そして英国のシーパワー同盟となる米国への宣戦布告、この二つの判断ミスによって一気に形勢不利となったのだ。つまりドイツが地政学を無視した段階を境にして戦況は逆転したのである。


 ドイツが中間国家イタリアを抱えたように、日本も朝鮮という中間国家を併合していたことから大陸からの脅威を受けずに、戦争の前半は圧倒的な強さを示している。しかし地政学的にドイツと相性のわるいシーパワーの日本は、ドイツの切望したシベリア北上ではなく逆に南進し、欧州戦でも全くドイツの役には立たなかった。また同様に日本の太平洋戦でもドイツは何の役にも立たなかったのだ。さらに半島国家イタリアに至っては、地政学における半島国家の宿命どおり両パワーの代理戦争的な内戦を起こし、ムッソリーニがパルチザンの手で吊るされるに及んだのである。「先の大戦の日本の失敗はドイツと同盟を結んだことだ」という人は多いのだが、それが何故失敗であったかの本質を理解してそう言っている人は極端に少ない。単に戦勝国プロパガンダによって悪魔化されたナチスドイツのイメージによって、そのように言っているだけの人がほとんどであり、ランドパワーとシーパワーの誤った同盟がその本質であることを理解していないのである。


 それでは一体何故、ランドパワーのソ連は、シーパワーの米英と組んだのに戦争の結果利益を独占することができたのだろうか。実はここで重要なキーワードとなるのが当時米国の政権にあった民主党なのである。ルーズベルト政権が容共親ソでソ連のスパイだらけであったことは既に述べた通りだ。では当時民主党政権が傾倒していた共産主義とは一体何なのか。共産主義とは大陸国ドイツで生まれ、大陸国ソ連を通じて同じ大陸国たるシナや東欧を呑み込み、アフリカの大陸国にも広がっていった、すなわち大陸国家の文明に他ならないのだ。専制・独裁・弾圧・虐殺といった共産主義の特徴は典型的な大陸国家文明の特徴と一致しており、一方、資本主義市場経済や議会制民主主義といった自由主義は典型的な海洋国家文明でもある。キューバなどのごく一部の例外を除いて、地上に存在したる共産主義国の大半は大陸国家(および中間国家の大陸側部分)であり、米ソ冷戦に代表される共産主義と自由主義の戦いとは、「陸の文明」と「海の文明」の対立、ランドパワーとシーパワーの対決に他ならなかったのである。


 つまり「陸の文明」を信奉するに至っていたルーズベルト政権は、シーパワー同盟としては英国を大いに助けたものの、同時にソ連が戦争利益を手中に収めるのも結果的に助けてしまったということである。要するに容共であったが故に共産ソ連への警戒心がなく、そのため安易に東欧やバルト諸国やシナを共産主義という「陸の文明」に差し出してしまったのだ。第二次大戦の結果、米国が何の利益も得られなかったのは、本来は米国が体現する自由主義・民主主義・資本主義という「海の文明」の伝播による親米国家拡大という利益を、ルーズベルト政権の志向する文明の方向性のせいでソ連の「陸の文明」に譲り渡したからなのだ。


 一方それに対して反ソを党是とする共和党は、この「陸の文明」を激しく拒み、ランドパワーのソ連と対決するために、シーパワーの日本との戦争には強く反対し続けていた。マッキンレー共和党大統領の幻の構想「米英日三国同盟」こそは、まさにシーパワー同盟であり、ブッシュ政権の「欧州に英国、アジアに日本、この二つの同盟国と世界新秩序を構築する」という戦略もシーパワー同盟そのものである。反共とはすなわち反「陸の文明」であり、反ランドパワーのことである。従って反共にして地政学を党学とする共和党が一貫して日本を重要視し「日本には媚びもせず挑発もせず、公正と共感をもって対処しよう」(J・マクマリー)とするのは、パワー・ポリティクスの根本的な「原理」に基づく当然の政治的選択なのだ。


 つまり資本主義と自由主義を基幹とする保守政党である共和党は「海の文明」型の政党であり、それ故に「陸の文明」たるユダヤのニューエコノミー(バーチャル金融経済)やグローバリズムを否定し、共産主義中共との対決を堅く決意している訳である。そして一方の民主党は社会主義と容共リベラルを基幹とする「陸の文明」型の政党であることから、ユダヤ国際資本や中共と手を組むのである。また民主党が日本を「弱い日本」のままで管理下に留め置こうとするのも、「陸の文明」型の政党ゆえに日本のシーパワーを封じ込めたいという「原理」に突き動かされているのだ。なお、もう一つ忘れてはならないことは、現在共和党ブッシュ政権が戦っているイスラム原理主義は「陸の文明」であるという点である。イラク戦争とはまさにハンチントンの述べた通り、文明の衝突に他ならないのだ。


 有史以来、世界を動かしてきた全ての根源がこの二つのパワー、この二つの文明の対立であり、実は日本国内における保守主義者とマルクス主義者の戦いもまた、海洋国家日本が「海の文明」を選ぶのか「陸の文明」を選ぶのかという戦いである。「陸の文明」たるマルクス主義を信奉する左翼勢力がアメリカを敵視するのも、最大のシーパワーを倒さねばならないことを本能的に理解しているからなのだ。中共が日本国内の中共シンパを使って日米離反戦略を進めるのもシーパワー同盟を裂くためであり、「陸の文明」のマルクス主義を信奉する左翼が祖国日本を自虐史観で穢そうとするのは、日本の「海の文明」の国史を無意識に憎み、中共史観(反日的階級闘争史観)という「陸の文明」を日本に導入させるためである。彼らが台湾を侮辱した行動を取るのも、日台同盟こそが強力なシーパワー同盟となってランドパワーの中共政権転覆につながるからだ。おそらく彼らは意識はしていないが、無意識の内に本能が人類最大の「原理」に従って自らを動かしめているのだ。そして少なくとも中共はそれを理解した上で、日本の中共シンパ政治家や外務省チャイナスクールを操っている。


 では日本の正しい近未来への選択はいかなるものか。その解答もこの地政学のパワー・ポリティクスが指し示している。まず最初の前提として、日本と中共は決して共存することが不可能な不倶戴天の対立するパワー、対立する文明であることを理解しなければならない。「敗北」という言葉の由来は先述したが、日本の北にあるのは大陸である。東にも西にも南にも海しか存在していない。つまり日本が戦ってきたものは常に大陸のランドパワーであり、言い換えれば日本と中共は衝突する永遠的な宿命のもとにあるのだ。榊原英資の言うような「親米、親中を同時に」などという「戦略プラグマティズム」なるものが、いかに人類の歴史を動かす「原理」たる地政学を無視した愚論であるか、ここまで読み進められた読者諸氏はもう十分にお分かり頂けたのではないだろうか。私が日台そして日印の安保同盟を提言し、日米台印アジア安保にASEANを加えた対中包囲網を構築せよと述べてきたのは、シーパワー連合に中間国家インドを加えた体制が完成すれば、中共のランドパワーの敗北が確実だからである。


 大東亜戦争以前、アジアの国であるか否かを区別する基準は肌の色であったが、それは大東亜戦争によって過去のものとなった。現在、その国がアジアかどうかを区別するものは地政学的な位置にある。もっと分かり易く言おう。つまり現在においては、日本か中共かのいずれかの勢力圏下に収まるべき地域をアジアという。朝鮮半島、ASEAN、台湾、そして中共に隣合わせるインド、モンゴル、バングラディシュ、ネパールも現在の地政学的アジアとなる。アジアのシーパワー代表は日本、ランドパワー代表は中共だ。日本か中共か、どちらがその地域の秩序を荷うかによって、アジアがシーパワー勢力圏となるのか、ランドパワー勢力圏となるのかが決する。


 もしアジアがランドパワー勢力圏となれば、アメリカのシーパワーと必ずや衝突し、アジアの半島国家や中間国家がその戦場となる。西欧文明と中華文明が衝突する米中冷戦下では、アジアでの紛争・限定核戦争は起こりうると私が指摘したる所以だ。一方、アジアがシーパワー勢力圏となるということは、すなわち中共政権が崩壊し分裂して平穏な民主国家となることであり、米国とアジアはシーパワー連合として安定した関係を維持できる。日本の使命が米国とアジアの架橋だと述べたのもこれに由来する。そして本書で私が再三「中共と対決せよ」と主張してきた真の理由は、アジアをどちらのパワーの勢力圏とするかによって、日本の未来、アジアの未来、人類の未来が大きく変わってくるからである。「日本は米中冷戦の当事国」だと強調してきたのも、この地政学上のパワー・ポリティクスによる日本の立場に基く。


 では日本の現状はどうか。政官民揃って中共に媚び続け、莫大なODAを献上し、大切なシーパワー同盟候補の台湾を叩き、鍵を握る中間国インドに経済制裁を課し、あげくの果てには日本とのシーパワー同盟強化を希求する共和党ブッシュ政権を罵倒して、「親米ポチ」云々といった日米離反プロパガンダが響くといった始末である。ここで前述した日本人が忘れてはならない地政学の方則の二つめを思い出して頂きたい。両パワーの衝突において対決を避けたほうの国は必ず、相手国の属国となる以外に国家として存続する道はないという、人類の歴史が証明する鉄則のことだ。つまり日本が中共との対決を避けた場合には、日本を待つのは中共の属国となる近未来しか存在しないのである。


 東アジアの近未来について、地政学者でもあるキッシンジャーがワシントン・ポスト紙に寄稿した論文では、「日本の安全保障の生命線である朝鮮半島で(北朝鮮が)核の完全廃棄に応じないかぎり、日本は自身の核武装なしには国家として生き残れない」と断じる一方で、日本の武力強化は「(強い日本との同盟を望む)共和党にとっては好機、(対日封じ込めを望む)民主党にとっては挑戦」と指摘し、さらに日本の近未来について地政学に基いて予測すれば①日米同盟中心の方針を継続する、②中国主導下のアジア連合の一員となる、③前二つを選択せずに非同盟型の軍事大国となる、以上の三つしか有り得ないと結論付けている。ここでもう一度、前出の米国防総省の「アジア二〇二五」レポートを想起して頂きたいのだが、地政学が結論付けるこの三つの可能性とは、「アジア二〇二五」レポートの予測と全く同一なのである。つまり日本が軍事大国化する可能性が低い以上は、米国との対等なパートナー化を選ぶか、中共の衛星国となる道を選ぶか、そのどちらかしか存在していないのである。もし嘘だと思うならば、もし第四の可能性が存在すると思うのならば、国内外のあらゆる地政学の本と論文を取り寄せ、米欧のシンクタンクの発表したアジアの近未来予想を片っ端から調べてみればお分かり頂ける。米国とシーパワー同盟を強固にして中共と戦うのか、戦わずにこのまま完全な中共の属国となって「永遠的なる卑屈」を受け入れるのか、それとも二つのパワーの衝突に際しても中立を維持できる強大な超軍事大国となるのか。日本がこの三つの内のどの道へ至るか、今から二十年後にはその答はすでに出ている。


 地政学の泰斗にして高名な神秘哲学者であったカール・ハウスホッファ博士は『統合地域論』の中で、人類の未来を予測して「世界は最終的に四ブロックに分かれ、各ブロックでは米国・ロシア・日本・ドイツの四ヵ国がブロックリーダーとなり、国際勢力均衡が成立して平和な世界が訪れる」と述べ、同時に日本がアジアブロックのリーダーとして為すべきことは「シナのランドパワーをいかに征圧するかである」と説いている。米国はすでにスーパーパワーとなり、欧州はドイツ(及びフランス)を中心にEUとしてブロック形成が完成しつつあり、ロシアは再び「強いロシア」の復活を目指して邁進しているが、日本だけが中共のランドパワー征圧どころか逆に中共に征圧されつつある。日本が中共の属国となって、アジアで米国のシーパワーと中共のランドパワーが衝突することになれば、再びASEANの地は戦場となる。自虐史観から「アジアに謝罪を」と叫ぶ愚かな左翼は、日本を弱体化せしめる中共の戦略に加担し、そのために日本が中共のランドパワーとの衝突を避けて属国となり下がり、結果的にアジアに大きな紛争と流血を招くことになるというパワー・ポリティクスの現実を理解していない。彼らは「反戦平和」を叫ぶことで、結果的に最も悲惨な戦争にアジア全域を引きずり込み、最悪はアジア限定核戦争へと至らしめるためのレールを敷いているのだ。


 「武力行使によってしか維持できない平和がある。戦争によってしか変えられない秩序がある」と私が本書で何度も述べたのは、日本が中共と本気で戦う覚悟を固めればアジアにおける両パワーの衝突(米中代理戦争)は防げること、すでにアジア制覇の下準備を終えた中共の現行秩序を日本が崩すことでアジアをシーパワー勢力圏に引き戻せること、そしてそれができる国はアジアに日本しか存在していないことに由来する。口先だけの「反戦平和」のお題目ではなく、真の平和、リアリズムに基く本当の平和を日本が希求するのであれば、日本は自らの血を流す覚悟で中共と対決するしかないのだ。


 かつて日本は自ら血を流してアジアを白人支配から救った。一度できたことは必ずもう一度できる。アジアを二つのパワーの衝突点にしないために、日本がアジアの楯となって中共に対峙すればよいのだ。護憲だの戦争放棄だのという絵空事は本物の平和主義ではなく、自国だけは血を流したくない単なるエゴイズムにすぎない。戦って対決して血を流してでもアジアの平和を維持してこそ始めて、日本は真の平和主義国家となれる。一国エゴイズムでしかない卑怯な妄想平和主義なのか、アジアの平和を守るために戦争も辞さない鋼鉄の現実的平和主義なのか、日本がどちらを選ぶかで日本とアジアの未来は変わる。大東亜戦争における海洋国家日本の奮戦が東南アジアの海洋国家群に独立という「利益」をもたらしたように、モーゲンソーの説く「ビリヤードの玉」のごとくパワー・ポリティクスは全て連鎖しており、日本が中共との対決を避けることはアジアの平和を破壊することに確実に連鎖していくのだ。


 さて、かくの如く私が本書で述べてきたあらゆる全てのこと、中共の対日弱体化戦略、朝鮮半島情勢、親日と嫌日の「二つのアメリカ」、米仏対立、仏中接近、イラク戦争、国連と世界新秩序、日本国内の「内なる敵」、これら全ての根源はこの地政学のパワー・ポリティクスに帰結する。つまり戦争や国内外の政治を考える時の基本に、この「原理」さえ敷いておけば決して誤った発想には至らないのである。しかし果たして日本の政治家のどれだけの人間が地政学とリアリズム国際政治学、このパワー・ポリティクスを学んだことがあるのだろうか。与党にあって反米を唱え中共に媚びる古賀誠や加藤紘一なんかは、反米はすなわち反シーパワー同盟であり、対中服従はランドパワーの覇権下での属国化だという地政学の鉄則を耳にしたこともない筈だ。


 日本には共和党のように地政学を国家戦略として持つ政党は一党もなく、民主党マニフェストに言わせれば「国連中心主義で世界の平和を守ります」といった始末である。実は国連が戦争を止めることのできない無力な存在である理由も、国連なるものがランドパワーとシーパワーを混在させているからであり、共和党の「新国連」構想とは原則的に「海の文明」を持つシーパワー国家主導連合のことに他ならない。さらに私が本書で「左翼・中共シンパが日本を中共の属国にしようとしている」「日本は中共の属国と化しつつある」と述べたのも、二〇二五年の近未来予想に基く実証的リアリズムによるものであり、観念論や悪罵でそのような表現をしているのではないことは、もうご理解頂けたことと思う。つまり、このままでは日本は本当に中共の属国になってしまうのだ。しかし絶望する必要はない。実は二つだけ、希望が存在しているのだ。

 現在日本はその本来のシーパワーを封印されている。米国とのシーパワー同盟といっても名ばかりで、事実上は米国のパワーの保護下にある。中共のランドパワーと対決するに足る日本のシーパワーを封じている檻の鍵は、二つ存在している。一つは自虐史観だ。ブッシュはこの鍵を開けるために靖國参拝を申し入れた。「新しい歴史教科書をつくる会」も、私が代表を務めていた日本歴史修正協議会もこの鍵を開けようと頑張っている。しかしこの鍵はひとまず置こう。もう一つの鍵は妄想平和主義である。具体的に言うと憲法第九条だ。この鍵が北朝鮮のおかげで開きかけている。これが一つめの希望である。

 日本からこの「護憲」という妄想の封印が解かれたとき、日本はその本来のシーパワーを発揮できる環境が整う。かつてアジア植民地から欧米諸国を一掃したぐらいの強力なパワーが発動可能状態となる。その次の段階で必要となるのは、海外での武力行使を可能とすることだ。これは中共がそれを可能とする以上は、同等の条件の下に対決できなければ、日本のシーパワーは中共のランドパワーに対して敗北必至だからである。私がイラク攻撃の支持や自衛隊のイラク派遣を全面肯定し、かつ「できれば戦闘部隊を派遣するべきだった」と述べるのは、全てこのためである。小泉首相のように「米国に北朝鮮から守ってほしいから」といった目先の理由ではなく、全てはこの日本のシーパワーを目覚めさせるための必要な条件を整え、中共のランドパワーに勝利せんがためなのだ。


 反米を唱える論者たちは「イラク攻撃や自衛隊派遣を親米ポチが支持するのは、アメリカに北朝鮮から守ってほしいのだ。生命と財産だけが一番大事なのだ。だからアメリカに盲従している」と決め付ける。自分たちが無知だからといって相手も皆が馬鹿だと決め付けられては迷惑だ。日本が中共と対決してアジアを両パワーの衝突から守るため、そして日本が中共の属国へと至る道を回避するため、「戦うべきときに戦える国」になるためのプロセスとして自衛隊海外派遣は一つの関門を越えたことになる。「二つのアメリカ」の存在も知らず地政学の「原理」も知らない幼稚な反米論者よりも、「北朝鮮の脅威があるから仕方ない」という近視眼的な人々よりも、そして言うまでもなく「大陸の文明」たるマルクス主義に脳をやられて劣化ウラン弾だのヘチマだの騒ぐ左翼よりも、彼らの視点よりも全く次元の違うスケールで私はイラク戦争を捉えている。自衛隊イラク派遣とは、日本のシーパワーの封印を解く契機にして、ランドパワーと戦うための「準備」の第一段階なのだ。


 さて、読者に提示できるもう一つの希望についても述べよう。これは地政学の鉄則の一つでもある重要なポイントだ。これまでの人類の歴史上、シーパワーとランドパワーが対決を避けずに正面から衝突したとき、そのときは例外なくシーパワーが勝利を収めている。これは陸の「争いの文明」よりも海の「協調の文明」を天が選ぶということなのか。対決を避けて海洋国家が大陸国家の属国となったケースを除き、両パワーの衝突においては必ずやシーパワーが勝ち残るというのが地政学の方則なのである。人類の歴史を鑑みれば、カルタゴ、中世イスラム帝国、大モンゴル帝国、ムガール帝国、ロシア帝国、オスマントルコ帝国その他、これら大陸国家から生まれた「陸の文明」のランドパワーは例外なく、「海の文明」のシーパワーによって打倒されている。西の「海の文明」の王者たる米国も「陸の文明」たるソ連共産主義を倒し、現在はイスラム原理主義という「陸の文明」と戦っている。人類史と地政学に基けば、この戦いはシーパワーたる米英が最終的に勝利することは必然である。


 そして一方、東の「海の文明」の王者たる我が日本も、かつてロシア帝国の膨張的白人支配主義や清の中華覇権主義という「陸の文明」を打倒してきた栄光ある「海の民族」なのだ。日本がこれらのランドパワーとの対決を避けずに戦ったからこそ、日清・日露戦争での敗北をきっかけに清帝国もロシア帝国も崩壊へと至っている。つまり地政学に由来する人類の歴史は、もし日本が目覚めてそのシーパワーを発揮さえすれば、中共という「悪の帝国」を打倒できる定めにあることを如実に物語っているのだ。ここで日本の採るべき戦略をもう一度再確認するならば、アジア全体の真の平和と秩序を維持するために、日本が米国とのより強固なシーパワー同盟を築き、台湾やインドと安保を結び、アジア円通貨圏を構築し、ASEAN防衛に責任を負い、中共のランドパワーと全面対決してアジアをシーパワー勢力圏に置くこと、まさにこれが日本が二〇二五年までに実現するべき中期的未来戦略にして日本の最初の使命に他ならないのである。


 さて、それでは続いて「さらにその次の時代」のために日本の長期的未来戦略を述べていこう。日本が中共と対決するべき近未来から中期的未来においては、イラク戦争を序章とする「文明の戦い」が継続し、世界から戦火の絶えない時代が続くだろう。二十世紀の終わり頃に欧米の政治哲学者たちが提示してきた世界の未来像は、およそ四つのビジョンに大別される。まず『歴史の終わり』のフランシス・フクヤマ等に代表される理想的ビジョンたる『調和のとれた幸せな一つの世界』、そして米ソ冷戦下のような「二つの極に分類され相互に衝突する二つの世界」、さらに混乱の増す「約百八十四の国家がそれぞれの国益に基き、他国と衝突や同盟を広げる百八十四の多極的世界」、最後にこれは最悪の状態である「民族や部族、宗教や文明が衝突し、テロリズムが蔓延し、大量破壊兵器が拡散する無秩序の混沌世界」である。つまり未来の世界は、一つか、二つか、百八十四か、混沌か、そのいずれかということである。



 実は私は、この四つの未来の内の三つは複合的に同時に現出していくと考えている。戦争による壮大な破壊を経ずして「幸せな一つの世界」を築けるほど人類は賢くはない。現在起きている世界の状況は、米中冷戦開始による「二つの世界」と仏中連携に代表されるが如き「百八十四の世界」であり、同時に中共による核技術や兵器の輸出とアルカーイダの存在が「混沌の世界」を生み出そうとしているのだ。そして「混沌の世界」に至る前に秩序を取り戻そうという使命感を持って世界新秩序建設に取り組んでいるのが米共和党であり、海と陸の文明が衝突する「二つの世界」では(ある意味においては米国以上に)その当事国となるのが日本なのである。これらの長い「戦いの時代」を経てこそ、ようやく最終的に人類は一つの世界」を手にすることができるだろう。そして実は、そのプロセスと「一つの世界」の現出について実に大きな使命を負っているのが日本なのである。


 同時複合的に現出していく「二つ」「百八十四」「混沌」の各世界。日本を一旦除いて考えるならば、その戦いの中でメインプレーヤーとなるのは米英キリスト教文明、イスラエル及び国際ユダヤ資本のユダヤ教文明、中東からアジアまで含有するイスラム教文明、そこにマルクスの「無神論」を国是とする中共が世界覇権の野望に燃えて参画し、漁夫の利を狙う仏露がそれに絡むといった構図である。マックス・ウェーバーが「イデオロギーは広義の宗教に分類される」と述べたように、中共のマルクス主義のイデオロギーもまた一種の宗教と考えるべきであろう。従ってハンチントンの説く「文明の衝突」とは「神々の戦い」、すなわち無神論という「宗教」も含めての宗教文明戦争なのである。そして実は私は宗教による対立や戦争ほど愚かなものはないと考えている。

 読者に熱心な信仰を持つ方がおられたなら申し訳ないのだが、私はヤハウェもアラーもゼウスも天照皇大神も大日如来も全て「同一」の存在であると考えている。万物を超越する「存在」があるとすれば、それはただ一つの根源的な「法則」であり、あらゆる宗教は「同一の存在」に対する解釈の相違にすぎないと思うのだ。実は私はライフワークの一つとして、量子理論・ゲノム解析・宇宙物理学・幾何学・シュレーディンガー波動関数学などに基く独自の神哲学体系の構築に取り組んでおり、もし「神」の領域に近づくものがあるとすれば、それはこういった分野の学問の中にそのキーワードがあると考えている。そしてその哲学観こそが日本の長期的未来にも不可分に関わってくるのだ。


 まず一般的相対性理論と量子理論は根本的には相容れないものだが、極大の世界を対象とする相対性理論と極微の世界を対象とする量子理論が一つに結合すれば、人類は神の領域へと何歩か近づく。そして「自然界の最小素粒子は『時間のループ』である」と唱えた英国の物理学者M・ハッドリーの仮説は両理論の結合を試みており、ハッドリーは量子理論を重力によって説明できるとしている。原子核の周囲を超軽電子が回転する運動によって光子(原子を構成する光の粒子)が生まれるが、人間も含めて全ての生命全体を構成する最小単位はこの光子であり、地球上の全生命体のルーツは、海の中で酸素と光子が結合するプロセスの途中に誕生した単細胞である。この生命の誕生と進化は、実は宇宙と、そして地球の誕生とも関係しており、この世の万物あらゆるものが単独では存在しえずに一体の連鎖の中に存在している。ノーベル化学賞を受賞したプリゴジンはその『散逸構造論』において、「世界のあらゆる物理は、あらゆるレベルのシステムが複雑かつ複合的につながり合った自立的秩序形成機能を持つ」と定義した。さらにエネルギー不滅の方則というものがあり、万物はその存在が人間から見て不可視となっても消滅することはなく、一つの巨大な法則の下に形を変えて存在するわけである。つまり、この世において完全に消滅してしまうものは何一つ存在せず、また同時にまったく新しいエネルギーが無から生まれることもない。地政学でも国家間のパワーの影響の連鎖を説いているが、宇宙と生命と万物のエネルギーも一つに連鎖しているのだ。そして質量とは最も凝縮されたエネルギーの形態にすぎない。


 さて量子理論ではダブルスリット実験により、原子や電子・光子が同時に複数存在することが証明されている。つまり一つの存在が同時に一つ以上の場に存在しているのだ。それならば何故その粒子で構成される人間や物が複数存在しないのかといえば、いわゆる「コペンハーゲン解釈」によれば、認識する人間の「心」が一つであるためにその粒子は存在可能な無数の場から選び出されて、一つの場でその存在を実在」とするからだと考えられている。従ってもし仮に「心」を二つにする、すなわち脳内のニューロンの一個を同時に発火状態と非発火状態におくことが実現すれば、人間は一つの対象を同時に二つの場所で知覚することができると仮定される。



 一方、宇宙に目を向ければ、宇宙にはブラックホールの超大質量型である超重力ブラックホールがクェーサーと対になって存在している。クェーサーとは、新しく誕生した銀河の中心となる核で、通常の銀河百個分の光エネルギーを放出するとされている。そして実はここに宇宙の壮大なる循環の源があり、それはエネルギー不滅の方則の根源でもある。超重力ブラックホールは、あらゆる光と物質(星間ガスや爆発した恒星の塵など)を呑みこんで、渦状の螺旋の中で摩擦温度を数百万度にまで高め、光として再放出する。これがクェーサーの膨大な光のエネルギー源である。つまりこの領域は、光が還っていく源であり、光が生まれる源でもあるのだ。クェーサーとブラックホールは、すなわち破壊と創造を司り、宇宙の全エネルギーをリサイクルする巨大な「工場」なのである。


 それでは我々人間とこのクェーサーやブラックホールとはどう関連するのだろうか。それは「宇宙に存在する全ての物質は一つに結ばれている。全ての粒子はビッグバンにおいて同じ状態で結び合わされており、ヒトは勿論のこと遥か彼方に広がる銀河までもが同じ粒子で構成されている」(M・チャウン博士)ということである。全てのものがこのブラックホールとクェーサーの光の循環によって破壊と創造、死と生の間を行き来しており、人間を含む万物は光子のレベルで同一なのである。そして光子は、オルソ・ポジトロニウム(電子と陽電子が一つになる時に、両者が同じ方向にスピンすることで生まれる物質)の観測実験により、過去・現在・未来といった時間枠つまり重力を超越して存在していることが証明されている。ハッドリーの説く「光子=時間ループ」説の根拠は、エネルギー不滅の方則に反してこのオルソ・ポジトロニウムがどこかに消滅することにもあるのだ。


 一九八一年に米国の物理学者アラン・グースは「量子真空をつくれるようになる遥か未来においては、実験室の中で新たな宇宙を創造できるようになる」として「宇宙の作り方」を発表した。原初の宇宙は量子真空つまり完全なる真空から生まれ、完全なる真空だけが無からエネルギーを引き出す、いや正確には無ではなく我々の知覚外の次元(四~五次元とされる)からエネルギーを引き出すことができる。一定の密度で膨張していく真空は、そこからさらに多くの真空を生み出し、それぞれの真空に蓄えられていた膨大なエネルギーの放出により物質(ビッグバンと呼ばれる超高音の火の玉)が誕生する。我々の住むこの宇宙も最初は極小の容積に圧縮されたサイズから生まれており、量子と宇宙との相関がここに成立する。



 さて本来であれば、人類が「あの世」とか「天国」と呼んできたものの正体たるミラー粒子とミラーユニバース(対称宇宙)、ニュートリノの「右回り」の行方、螺旋がつなぐ極小と極大、多次元重層構造宇宙などについても述べたいところだが、あまり本書の主旨とかけ離れてしまってもいけないので、そろそろ結論を急ごう。量子物理学の「超ひも理論」では、十次元からなる時空の「表れ」として自然界に存在する基本力(核力)は四つ有るとしている。すなわち重力、電磁気力、強力(原子核内で陽子と中性子を結び合わせている強力な短範囲の力)、弱力(原子核内で中性子を陽子に変換させうる第二の力)、この四つである。そしてその四つの力は一つの「超力」(スーパーフォース)が統合すると考えられており、ブラックホールという用語の命名者でもあるJ・ウィーラー博士は「自然界の万物は根源的な一つの方程式に従って存在する」と述べている。つまり先ず一つの根源的な「超力」があり、そこから分岐する四つの基本力があり、その四つの基本力から無数の組み合わせで成り立つ方則が存在し、その方則の差異によって無数の宇宙が多次元間をルーピングして同時に存在し、全てのものが何らかの形で連鎖してつながり、全てのものがただ一つの「超力」のもとに破壊と創造の循環を繰り返している。そしてその宇宙の循環、そのリサイクルは全て光によって為されているというのだ。


 つまり人類のあらゆる宗教が「神」と呼び、私が唯一根源の「法則」と呼ぶもの、それはこの「超力」のことである。量子真空が実現すれば実験室で宇宙が作れることは前述したが、一旦誕生した宇宙はブラックホールを生むことで自己増殖していく。しかし原初の宇宙、つまり一番初めの真空をつくったものが何かは分からない。考えられるのは「超力」の意志によってつくられたという可能性だけだ。また四つの基本力は「超力」から生まれたが、「超力」を生んだものは存在しない。物理学の鉄則たる因果律は、この「超力」だけには当てはまらないのだ。つまり始まりも何もない永遠の中で最初から「超力」だけは存在しており、全てはそこから壮大なる分岐と増殖を繰り返した結果である。賛美歌を歌ったり五体投地をすることと「超力」とは何の関係もなく、「万物は数学的象徴によって綴られている」(ガリレオ)のである。



 多重宇宙論の泰斗であるペンシルバニア大学M・テグマーク博士は「考えられる解釈は二つしかない。一つは、宇宙が神(創造主)の手によって人類のためだけにつくられたというもの。もう一つは、唯一の『超力』に統合される四つの基本力の強度がそれぞれ異なる無限の多次元宇宙が、次元の巻き上げられ方に応じて文字通りあらゆる多種多様な基礎定数と時空次元を備えて、人類のため以外にも存在しているというもの」と述べた。前述のダブルスリット実験では、光子など粒子が無数の場に同時に存在可能であり、人類のためにその粒子が実在となる場は無数の場の中の一つにすぎないことを示している。一方これまで人類がつくってきた宗教、キリスト教もイスラム教も世界の宗教のほぼ全てが、テグマーク博士の言うところの前者の解釈、つまり「宇宙は一つでそれは人類のために創られた」という発想に基く。しかし量子理論や宇宙物理学の最先端研究は、この解釈が人間の勝手な思い込みにすぎないことを如実に証明しているのだ。


 以上が私が構築を試みている神哲学的メタ・メカニズムの骨子の触りであるが、それではこれまで人類が手にしてきた宗教の中には、この実相に近づいた普遍的なものは存在しなかったのであろうか。いや実は一つだけ、世界でただ一つだけ存在しているのである。それが神道である。神道は擬人化した一神崇拝を行わず、万物に神の分魂が宿ると説いている。その対象は人間や動植物のみならず、石ころに至るまで自然界の万物全てに及ぶ。神の分魂として万物に存在するもの、それは万物を構成する光子の存在を指し示している。人間も植物も鉱石も海も空も宇宙までも、全ては同じ光子という粒子から成り立っているのだ。つまり「超力」を「神」とすれば、光子こそがその分魂である。神道が天照皇大神つまり太陽を神々の中心に据えているのは、太陽こそが地球に光子エネルギーを供給する源だからだ。そして前述のように太陽から放出された光子が海中で酸素と結合して、地球に生命を誕生させた。いわば地球生命体の母は太陽である。その太陽の女神たる天照皇大神を神話起源の母とする天皇家が日本の国主であり続けたのも、そして日本の国旗が太陽を示す日の丸であることも、ともに万物根源を象徴する深遠なる意味を内含している。



 それでは三種の神器とは一体何か。私の解釈ではその中の二種たる剣と玉は、破壊と創造、すなわちブラックホールとクェーサーを象徴している。剣によって破壊されたものは、玉から放たれる光として再生する。剣と玉は、闇と光の循環、死と誕生の循環、この宇宙の根源的原理を象徴しているのである。それでは残るもう一種に鏡があるのは何故か。それは万物が併せ持つ対称性を示唆しているのだ。本書ではミラー粒子やミラーユニバースについてまで述べる紙数はないが、我々の宇宙には我々の知覚外の反物質的対称宇宙が存在すると想定されており、「ミラーワールドは電荷を持たないミラー光子から構成される知覚外の対称世界」(ノーベル物理学賞受賞者S・グラショウ)なのである。鏡はその中に広がる「もう一つの対称世界」の存在を示唆しているのだ。


 また神道ではキリスト教のサタンに代表される如き善悪二元論で神々を分けずに和魂と荒魂にしか分けていないが、これも実はクェーサーとブラックホールを象徴するものであり、和やかな光を生み出すためには荒ぶる闇によって再生することが前提となり、どちらが善でも悪でもないのだ。伊勢神宮が御遷宮として敢えて二十年毎に建て替えされるのは、この永遠へと連なる破壊と創造の循環を象徴している。また平安時代に神仏習合が為されたのは、仏教の中に連鎖と循環を示す重要な本質性が内含されていたからである。神道と仏教はその本質性において融合可能であるが、「世界は人類のためだけにつくられた」とする一神教のキリスト教やイスラム教が日本に広く根付かないのは、その本質性に反するからである。つまり神仏習合によって神道は完全無欠なるものへと補完されたのだ。


 英国の歴史家A・トインビーは伊勢神宮に参拝した際に「ここには世界の全ての宗教の統一的根源があるように感じられる」と記帳しているが、これはまさに慧眼というべきもので、神道は排他性も独善性も持たない根源的な唯一の普遍的宗教なのである。これまで私が量子理論や宇宙物理学・幾何学などをベースにして構築を試みてきた神哲学体系は、その到達した結論として神道に回帰した。神道を素朴なアニミズムのように考える人もいるがそれは大きな間違いであり、実に神道ほどにこの全宇宙の根源と本質に迫った宗教文明は他に一つも存在していないのだ。そしてこの神道文明こそが人類全体の長期的未来について大きな役割を果たし、日本の長期的国家使命を運命づけるものでもある。この「量子理論から見た神道文明」論については将来的に完全に体系化した神哲学として発表するつもりでいるが、ともあれ本書ではこの神道文明の概念を記憶に留めて頂いて以下を読み進めて頂きたい。



 さて地政学に基く日本の長期的未来戦略に話の本筋を戻そう。現在世界には一億人以上の信者を擁する宗教だけでも、十億人以上のキリスト教カトリックを筆頭に、キリスト教プロテスタント三億六千万人、キリスト教東方正教会二億二千三百万人、イスラム教スンニ派九億五千万人、イスラム教シーア派一億八千四百万人、ヒンズー教七億五千万人、儒教及び道教三億七千万人、仏教一億九千八百万人が存在しており、そのほとんどが一神教である。一神教はどうしても排他性を伴い、異教を許容しない。アメリカはキリスト教ファンダメンタリズム(根本主義)が中心の国だが、つまり聖書に書いてあることは全て現実に起こったことだと信じるということである。そしてその旧約聖書にはジェノサイドの思想が存在しており、「ヨシュア記」に代表される虐殺は「神の命令によって人間が行う」ものであることから、キリスト教文明にはマニフェスト・ディスティニー(神の意志)を実行するための戦争は正しいという十字軍思考が存在している。


 一方イスラム教のコーランは根本啓典であって神がマホメットに与えた言葉(法源)とされるため、その信仰を外面的な行動に現すことが求められる。その行動の一つに異教徒を排除する戦争、すなわちジハードがある。このキリスト教とイスラム教にその源流であるユダヤ教を加えたものが三大啓典宗教といわれているが、全て例外なく一神教であり強い宗教的ネイティビズムを有しているのだ。しかし何種類もの「神」が存在する筈もなく、要するに「超力」に対するキリストやマホメット等といった教祖による解釈の相違にすぎない訳なのだが、その解釈の形こそがそれぞれの文明の基を成している。つまり宗教とは文明の根源に他ならず、同時に宗教戦争の多くはランドパワーとシーパワーの衝突という地政学の「原理」の下に発生するのだ。


 イスラム教とキリスト教という二つの宗教文明が対決するに至ったのは、実はユダヤ教文明という第三の存在が、国際ユダヤ権益拡大のためのグローバリズムを米民主党に推進させたことが衝突の発端であった。米ユダヤ系石油メジャーが民主党政権を操ってサウジアラビアを「管理」するために米軍基地を設置させたことで、イスラムの聖地たるメッカとメディナを擁するサウジアラビアを異教徒が支配下に置こうとしていると捉えたビンラーディンは、反米テロ組織アルカーイダ結成へと走った。そして一九九八年二月、ビンラーディンは「米国人とその同盟者を、軍人か民間人であるかを問わず殺害するという決定は、それが可能な国に住む全てのイスラム教徒にとっての個人的義務である」との声明を発するに至る。つまり反米テロは宗教戦争に他ならないのだ。しかしその理由や動機が何であれ、テロや殺人を是とする宗派は決して許容されるべきではない。イスラム過激派がテロを肯定する以上は、この勢力は世界から駆逐されねばならないのだ。ちなみにイスラム過激派は本来のイスラム教からすれば亜流であり、二十世紀後半になってから現れてきた勢力である。イスラム原理主義と呼ばれるその教義は「主権は神にあって人民にはない。人民が立法権を持つのは神に反するものであり、民主主義体制こそが神の敵である」というものだ。従って民主主義の盟主を自認するアメリカとの対決は文明的に不可避であり、すなわち民主主義という「海の文明」とイスラム原理主義という「陸の文明」が戦っているという見方も可能である。


 さて、この文明の戦いを中和させうる文明、つまりキリスト文明もイスラム文明もユダヤ文明も全て共存させうる唯一の文明、その独自の文明を持つ国がこの日本である。前述のように宇宙と万物の根源的真理を内含し、唯一神信仰による排他性がなく、八百万の神々の下にあらゆる宗教文明を共生させることができるのは日本の神道文明だけなのだ。ハンチントンは世界の文明を西欧、イスラム、日本、儒教、ヒンズー、ラテンアメリカ、東方正教会、アフリカの八つに分類し、「日本という国は世界でも他にない位置を占めている。他の文明には、みな二つ以上の国がある。日本はその文明の境界が国家の境界と一致している唯一の国だ」として、「こうした要素は、私には、日本に建設的な役割を生み出すのではないかと思われる。一言でいえば、世界は日本に文明の衝突を調停する大きな機会をもたらしているのだ」と述べている。またハンチントンは「日本は『文明の衝突』の中で私がダボス文化と呼んだ『普遍的文明』へ向かう進化における高度に進んだ段階の代表格」とも述べており「普遍的文明」すなわち全人類が共有できる唯一の文明に最も近づいているのが日本文明だと指摘している。さらに米国政治思想界の碩学J・W・メーソンはその自著の中で、日本の役割は「文明の衝突」の調停のみに留まらず、「日本の神道だけが世界の宗教を統合できうる」「日本民族がそれに気付いたときに、日本はこれまで人類が到達したことのない最も高度な文明を築くであろう」と喝破しているのだ。フランスの高名な詩人P・リシャールは『日本に告ぐ』という詩で、「一切の世界の隷属の民のために起つは貴国の任なり。一切の人類幸福の敵を亡ぼすは貴国の使命なり。将来、西洋と東洋を融和統合するは貴国の任なり。一切の神々を統一して更に神聖なる真理を発揮するは貴国なるべし」と詠んだ。まさに然り、世界に調和と統合をもたらせることができるのは、白黒二元論の「スーツケースの文明」ではなく、全てを包みこむ弁証法的な「風呂敷包みの文明」だけなのである。現在の日本では残念ながら当の日本人の多くがそれを自覚していない現状にあるも、日本の神道文明だけが「文明の衝突」の時代を終わらせ、世界を一つに統一する可能性を持つ文明であり、日本という国が神道の最高位の司祭たる天皇家を大切に護持してきた二千六百数十年の歴史、その帰結にして最終的使命がここにある。そして実は大東亜戦争こそがその最終的使命へ向けた入口の扉だったのである。



 さて私たちの父祖の世代がその入り口の扉を開き、私たちの世代が構築を進め、そして私たちの子や孫の世代が実現させるべき日本のこの長期的使命、実はその使命について八十余年も昔に喝破したユダヤ人がいた。天才科学者といわれたA・アインシュタインである。アインシュタインはその生涯を通じて、物質を構成する究極の組立ブロックたる素粒子の解明により、宇宙の内奥を見極めようと知的格闘を続け、そして重力とは時空の歪みだと説く一般相対性理論を構築した。万物の根源的なるものを追求したアインシュタインは、ある意味においては至高の哲学者であったとも言えよう。そのアインシュタインは、大正十一年十一月来日した際に同志社大学における講演で、日本の最終的使命を見事に予見した次の言葉を残している。「近代日本の発展ほど世界を驚かせたものはない。一系の天皇を戴いていることが今日の日本をあらしめたのである。私はこのような尊い国が世界に一ヶ所位なくてはならないと考えていた。世界の未来は進むだけ進み、その間、幾度か争いは繰り返されて、最後の戦いに疲れる時が来る。その時、人類はまことの平和を求めて、世界的な盟主をあげなければならない。この世界の盟主なるものは、武力や権力ではなく、あらゆる国の歴史を抜き越えた、最も古く、また尊い家柄でなくてはならぬ。世界の文化はアジアに始まって、アジアに帰る。それはアジアの高峰、日本に立ち戻らねばならない。我々は神に感謝する。我々に日本という、尊い国をつくって置いてくれたことを・・・・・・」。


 つまりアインシュタインは、自らが生涯をかけて追い求めた万物の普遍的真理を神道文明の中に見い出し、「人類のまことの平和」を生み出すものは天皇が「世界的な盟主」になることのみであると予言したのである。人類が一つの普遍的文明(ダボス文化)の下に統一される平和な「最後のユートピア」を世界に現出せしめること、まさにそれこそが「世界的な盟主」をその日のために護持し続けてきた日本という国の至高の最終的使命なのである。しかし日本が変動する国際情勢の中で受身に流されているようでは、この究極にして至高の使命は果たし得ない。日本はまずこの民族的大目標に向けたグランドデザインをつくり、具体的なプロセスを乗り越えていかなければならない。それをこれから明示する。


 まずアインシュタイン云うところの「世界が最後の戦いに疲れる時」とはいつのことなのだろうか。「その時」がいつなのかを探求するために、地政学と国際政治学と比較文明史を研究した結果、私はついに確証を抱くに至る結論を得た。すなわちこのイラク戦争に始まる米国の世界新秩序建設が完成した時が「その時」である。そしてその大きな鍵となったのがリアリズム国際政治学者G・モデルスキーの「覇権循環論」である。現在アメリカは世界唯一の覇権国、すなわちスーパーパワー・ネーションだがそれが永続することは有りえない。世界におけるスーパーパワー(覇権)は、長期的サイクルで見れば循環しており、それは人類の歴史が証明している。例えば現在はすっかり影の薄いモンゴルなんかも、かつてはロシア全土はもとより西はドイツや東欧、東はシナ北部に至るまでの広大な地域に侵出した大帝国であった。十六世紀に「太陽の没することのない」大帝国を築いたスペイン、インド亜大陸を中心に広大な覇権を誇ったイスラム・ムガール帝国、十九世紀に七つの海を制覇した大英帝国など、かつて世界覇権を手にしていた国はその他枚挙するにキリがない。これは国家覇権だけに限らず、あらゆる種の覇権(世界におけるコア)は循環しており、例えば金融覇権はチグリス・ユーフラテスを起源として古代バビロニア、フェニキア、カルタゴ、ベニス、アムステルダム、ロンドン、ニューヨークヘと移り替わってきたのだ。

 さてモデルスキーの研究によると、このスーパーパワーの循環には二つの法則が存在している。まず一つめの法則は、「覇権国がそのスーパーパワーを失う契機となるのは、国際秩序維持のコスト負担に伴う重圧によって国力が衰退するとき」であり、その大きな要因は大規模な戦争に突入することである。ソ連というランドパワーを代表する一方のスーパーパワーが失われたのは、ひとえに米国との冷戦(軍拡競争)に伴うコスト負担の重圧に負けたからであるが、それは同時に米国にも「双児の赤字」という国力衰退のツケを残している。



 次に二つめの法則となるのは、覇権国が失うそのスーパーパワーを継承して次の覇権国となる国は、「前覇権国が国力を衰退させる要因となる大規模戦争に参戦した国の中で、最も国力(GDP)の大きい戦勝国である」というものである。例えばスペインがそのスーパーパワーを失ったとき、次なる覇権国となるイギリスは、スペインの交戦国と同盟を結び共に戦っていた。スペインからの独立運動を戦っていたネーデルラント(現在のオランダ)をイギリスは軍事支援し、さらに一五八八年ついにスペイン無敵艦隊が英海軍に破れてその二年後にポルトガルがスペインから独立、かくてスペインのスーパーパワーはスペインと戦った国々の中で最大のGDPを持つイギリスへと移行した。その勢いを駆ったイギリスは、アジアの覇権国ムガール帝国をセポイの乱に乗じて滅亡に追い込み、インドを始め世界中の大半を植民地下に置いて、約二世紀に渡るパックス・ブリタニカを維持したのだ。しかしそのイギリスも第二次大戦によって一気に衰退し、その覇権を戦勝国の中で最大のGDPを持つアメリカに譲ることとなり、パックス・アメリカーナの時代が到来した。覇権の循環は戦争に参加した戦勝国の間でバトンタッチされていくのが歴史の鉄則であり、それ以外の循環は一切存在しないのだ。


 このモデルスキー論と現在の地政学上のパワー・ポリティクスを鑑みるに、今まさにアメリカはそのスーパーパワーを失う「終わりの始まり」に突入したと言えよう。従って「アメリカの一極支配」だのと騒いでいる人たちに教えておこう。巨額の財政赤字を抱えたままアメリカはそのスーパーパワーを失う最後の戦争に突入し、そのスーパーパワーは「次なる国」へと移るのを待っている。それが現在の国際社会に存在するダイナミズムである。そしてアメリカがそのスーパーパワーを用いて行うべき人類史的使命とは、地上から危険な独裁国家やテロ支援国家を一掃することにある。やがてアメリカがその使命を果たし終えて世界新秩序が完成する頃には、アメリカはその世界秩序再編のコスト負担によってスーパーパワーを失い覇権国ではなくなっている。


 ならば次なるスーパーパワーはどの国へと循環するのか。英国に再びスーパーパワーが戻ることは、その国力(GDP)から考えて可能性は高くない。ロシアはもっと国力がない。ではフランスか。フランスが事実上主導するEUは、総人口四億五千万人、二〇〇二年度のGDP合計は九兆五億ドル(九百八十二兆円)、まさにアメリカに匹敵するスーパーパワー候補だ。しかしEUは敢くまでも連合体であり言語も文化も各国異なる。現にイラク戦争の賛否をめぐっても二分された。EUによって次のスーパーパワー循環を担おうというフランスの目論見は実現が難しいものだ。


 ならば次なるスーパーパワーは中共なのか。現在GDPで世界第六位の中共があと二十年以内に日独を抜いてGDP第二位になるのは確実であることは既に前述した。実はこの二十年というタイムスパンには大きな意味がある。「アジア二〇二五」レポートが示す如く、日本が中共との対決を避けてランドパワーの勢力圏に入るか否か、つまり中共の属国となっているか否かの答が出ているのが二十年後だ。日本が中共との対決を避けた場合は、シーパワー同盟(対中包囲網)による中共政権崩壊は起こり得ず、二十年後に中共は日本も含めたアジア全域を覇権下に置き、アメリカに次ぐ国力(GDP)を保持していることになる。そして米政権が民主党であれば中共は戦勝国待遇を受けているであろう。つまり次のスーパーパワーは中共へと移る。現在のアメリカの立場に中共が立ち、さらに独善的で苛酷な「陸の文明」すなわち中華世界秩序で世界を「管理」することになる。世界覇権を得た中共がそのスーパーパワーを強圧的に行使していくことは必至であり、世界は大変な混乱と惨禍に陥ることになる。共和党政権下のアメリカは仮に国力が衰退していても、中共が中華世界秩序で世界を覇権下に置くことは絶対に許容せず、再び長い戦乱の時代が続き多くの人々の死が積み上げられていくことになる。


 しかし私は日本を、日本民族を信じる。日本が妄想平和主義から世界秩序再編戦争への参戦を逃げ続け、さらに中共との対決も避けて朝鮮半島・台湾・ASEANに続いて中共の属国となる、そんな二〇二五年を私は信じない。信じたくない。ならば日本が中共のスーパーパワー化を促進する対中ODAを即座に全廃し、謝罪外交と完全に訣別し、核武装も含めて中共に対抗できる軍事力の均衡を実現し、集団的自衛権に基いてアメリカの世界秩序再編戦争に加勢参戦し、日米台印シーパワー同盟を構築して中共政権を崩壊せしめた場合は、次のスーパーパワーはどこへ循環するのか。人類の歴史が教える答はただ一つ、次なるスーパーパワーは日本へと循環する。日本が世界秩序を維持する世界覇権国となるのだ。

 つまり米国に次いで国力第二位の日本がアメリカのそのスーパーパワーを受け継ぎ、世界覇権国となって新しい世界秩序を守り発展させていくことは、人類全体に対する日本の大きな責務なのである。アメリカが血を流して「戦争によってしか変えることのできない世界秩序の再編」に取り組んでいるときに、自国だけは血を流したくないという一国エゴイズムでしかない妄想を「平和主義」だと錯覚して、日本がその戦いから逃げ続けた場合、強圧的な中華版グローバリズムによって人類は現在よりも遥かに残酷な苦難の道を歩むことになる。日本がその責任、その国家的使命から逃げることは人類の進歩に対する冒涜となる。ちなみにもし「神」が存在して人類に恩恵を施し、日本がその使命から逃げ続けていたとしても中共政権が勝手に自壊したる場合、その場合は次なるスーパーパワーは覇権循環の法則に基いて再び英国へと戻る。つまりブレアがさしたるメリットもないのにイラクで英軍の血を流しているのは、無知な人々が言う如くの「ブッシュのペット」だからではない。もう一度世界に冠たる大英帝国を築きたいのだ。

 さてもう一度簡単にプロセスを追うならば、シーパワーの海洋国家日本はランドパワーの大陸国家中共との対決、決して共存不可能な「陸の文明」たる共産主義中共との対決を避けることなく、あらゆる戦略戦術を駆使して中共政権打倒に大至急取りかからねばならない。日本が正面から対決すれば、必ずシーパワーはランドパワーを凌駕する。日本属国化とアジア制覇を企み、大量破壊兵器テクノロジーを拡散させて世界紛争拡大を推し進める「悪の帝国」を崩壊せしめるのだ。これが二〇二五年までに答の出る近未来戦略である。そしてそれと同時に、次のスーパーパワーを受け継ぐ国家体制と中長期的未来戦略を構築した上で、米国が戦う「文明の衝突」にシーパワー同盟国として参戦し共に血を流すことが不可欠となる。こうして日本が「中共との対決」「米国と共に参戦」という二つの関門を越え、アメリカが自ら信じるところのマニフェスト・ディスティニーに基いて新しい世界秩序を築き終わり・世界がその戦いに疲れたとき、「最後のスーパーパワー」は日本へと循環する。


 ところで私は今、「最後のスーパーパワー」と述べた。然り、日本がスーパーパワーを受け継ぐことができれば、そこで覇権の循環は終わりを迎えるだろう。それでは何故、日本が人類史上で「最後のスーパーパワー」を持つ国となるのか。その答は日本の神道文明の中にある。実は政治学者のモデルスキーが気付かず、物理学者のアインシュタインが気付いていた、パワー・ポリティクスの中の「ジグゾーパズルの最後のワンピース」がここに存在している。

 モデルスキーは覇権国による世界秩序維持は「力」によって保たれると考え、それ故にその「力」のコスト負担による国力衰退を覇権循環論の前提とした。事実これまでの人類の歴史は全て「力」によって世界秩序がつくられ維持されてきた。しかし、もし「力」以外のもので世界秩序が保たれれば、コストは必要なくなり国力衰退もなく、その世界秩序を維持する覇権国のスーパーパワーはほぼ未来永劫に継続することになる。これまで共和党系シンクタンクを始め世界中の地政学者・政治哲学者が「力」以外で世界秩序を維持できる「何か」を探究し続けてきたが、誰一人としてその「何か」を見つけた者はいない。しかし万物根源の原理を希求し続けた一人の天才物理学者が、既に八十数年前にその「何か」を見つけていたのだ。アインシュタインが見つけたるもの、それが天皇と神道文明の本質性である。一神教を奉じ「力」による文明を築いてきたキリスト教文明・イスラム教文明・ユダヤ教文明では絶対に為し得ない神道の「共生の文明」による宗教文明統合、そして「世界的な盟主」の権威に基く世界秩序以外に、その「何か」は存在しないのだ。


 世界最古の王朝たる天皇家の存在は、アメリカ流の「力」による秩序ではなく、世界が敬意を払う「尊厳」によって新世界の秩序を維持することができる。アインシュタインの「予言」どおりに天皇が「世界の盟主」となったとき、世界は「権力」ではなく「権威」によって統治されるのだ。もし仮にローマ法王が「世界の盟主」となってもイスラムやヒンズーは納得しない。一神教ではなく万物に神性を見い出す神道という普遍的宗教の最高位司祭たる天皇の「権威」によってのみ、人類は恒久の平和を手にすることができる。宗教文明の衝突とは無縁であり、ハンチントン云うところのダボス文化(普遍的文明)に最も近づいた「風呂敷包みの文明」を持つ世界唯一の国。全人類に大いなる和を到来せしめることができる大和の国。その国の「共生の文明」が米国からスーパーパワーを受け継いだ暁にこそ、有史以来絶えることのなかった宗教的・文明的・人種的な争いは永遠なる終焉を迎える。


 実は日本のこの「共生の文明」は、すでにその真価を現在イラクで発揮しつつあるのだ。サマワで武装勢力による迫撃砲発射があった直後、サマワの住民たちは日の丸の旗と「サマワ市民と自衛隊で安全な街を再建しよう」と書いた垂れ幕を掲げて自衛隊支援デモを行い、自衛隊に花束を届けて「撤退しないでほしい」と訴えた。こんな光景はイラク全土における各国軍駐屯地のどこにおいても一切見られないもので、米軍は驚嘆し、米CNNはこの光景を全米に放映している。サマワの有力な部族長は「日本軍を攻撃する者あらば一族郎党を征伐する」という布告を出しており、当初イラク人が期待した雇用やインフラ整備ではその期待を満足させられていないにも拘らず、自衛隊駐屯地は多くの地元住民の笑顔に囲まれているのだ。何故に各国軍の中で唯一自衛隊だけが、逆に地元住民から守られるような現象が起きているのか。それは自衛隊がまさに「共生の文明」を背負ってイラクへ赴き、日本文明の精神を実践してくれたからに他ならない。共和党系フーバー研究所はこのサマワの現象を「日本の文明力」だと分析した。日本がスーパーパワーとなりたる世界、その世界が現出すればこのサマワの光景は全世界を覆う光景へと拡大するのだ。


 そして人類史上唯一の被曝国である日本がスーパーパワーとなる世界新秩序の中では、世界から核兵器を消滅させることも現実的に可能となる。世界から核兵器をなくすことができるのは、「非核三原則」でもなければ旧ソ連のヒモ付きの「反核運動」でもない。それを実現できるのは文明力による統合と調和だけである。米国と共に血を流すことで覇権国となった日本と前覇権国アメリカの関係は、現在のアメリカとイギリスの関係に対比できよう。つまり強固にして不動の同盟国関係だ。スーパーパワーとなった日本は同じ「海の文明」のアメリカを導き、世界から核を一掃するプロセスを進め、そして一番最後に日米自身も核兵器を廃棄すればよいのだ。日本が人類唯一の被曝国となったのは、この使命を遂げるために大いなる「法則」が与えた伏線ではないだろうか。そして核をこの世に送ったアインシュタイン自身が、この世から核を消滅させうる唯一の未来へのヒントを言い遺した。これも巡り合わせである。


 ところで実は人類は今から六十年以上も前に既にその「幸せな一つの世界」の萌芽を目にしているのだ。私は「大東亜戦争こそが、人類に対する日本の最大の使命の入り口の扉であった」と先述した。「一つの世界」が成立するためには人類平等が前提となる。その人類平等の世界を到来せしめたのは大東亜戦争だ。日本は人類の進化を司る何らかの「法則」によって選ばれ導かれ、自らの手で「最後のユートピア」へと連なる入口の扉を開けた。私が日本が神国であり大東亜戦争が聖戦だというのは観念論ではない。事実その通り、日本は人類の進化のために選ばれた国なのだ。日本がキリスト教暦紀元前の時代から実に二千六百数十年間、この万世一系の天皇を護持し続け、さらに天皇が神道文明の伝統を護り続けてこられたその目的、その意義、その使命の全ては、この「人類最後のユートピア」を築くために他ならない。そしてそれはパール判事が夢に見た「世界連邦」の始まる瞬間でもある。


 大東亜戦争が開いた「新しい世界」への入り口の扉、その扉を開けるときに日本民族は、無意識の内におそらく本能的に自らの未来への使命を感じ取っていた。日本の唱えた「八紘一宇」とは、世界を八つのブロックに分けて、その全ブロックが一つの屋根の下に平和に共生しようという理念であり、同主旨の言葉に「万邦帰一」がある。この理念は「日本の侵略目的のプロパガンダ」という戦勝国のプロパガンダ、すなわちカバー・ストーリーで覆い尽くされた。しかし巨人・頭山満は「百億も一つ赤子の如くにて 世界一家の春は来にけり」と詠んだ。これが当時の日本民族の真情だ。「侵略のためのプロパガンダをつくろう」などと意識して「大東亜共栄圏」や「八紘一宇」を唱えられるほど、日本民族は狡猾ではない。日本民族は嘘がつけない民族なのだ。だから相手も嘘をつかないものと思い込み、中共が「政治的決定」した真っ赤な嘘三千丈を信じ込んでしまう。日本がついた嘘なんて、せいぜい大本営が苦しまぎれに架空の戦果を発表した程度のものだ。計算された嘘はつけない民族なのだ。そして「人種平等の世界をつくりたい」というその日本民族の真摯な理念が、誇り高き武士道精神が、英霊たちの捧げた生命が、「最後のユートピア」へと続く第一の扉を開けた。


 地上に存在する全ての国家民族は例外なく何らかの役割を受け持っている。たとえその役割がその国にとってマイナスとなる役割であっても、それは人類の進化にとってプラスとなる事象を導くための役割である。そのようにして人類は、太古からずっと「完成形」へと向けた進化の歩みを続けてきたのだ。日本が「次なる世界」のために手を組むべき「アメリカの半分」すなわち共和党は、かつて人種平等を掲げて南北戦争を戦ったごとく、日本の理念と文明を「共有」することができる勢力である。その共和党政権が世界の秩序回復を目指したことでアメリカという国は「最後の戦い」を実行する役割を帯びた。そして戦いに疲れた世界の中で、次なる世界覇権国日本が「力」ではなく「権威」によって平和と共生の「人類の到達する最終的世界秩序」を築き保つこと、それが日本という国が地上に誕生した理由の全てであり、日本民族と日本文明の全てはここに帰結する。

 私は人類進化の歴史を司る「法則」により、人類の誕生以来日本だけではなく世界中のあらゆる国家民族がこの進化の「完成形」すなわち「最後のユートピア」実現へ向けて、それぞれ異なる使命を与えられてきたと考えている。「ザ・ベル・カーブ」理論を思い出してほしい。「法則」は何故に人種の知能に優劣の差をつけたのか。何故に民族はそれぞれ異なる特質を持っているのか。大東亜戦争然り、日露戦争然り、明治維新然り、全ては人類の進歩のために「必然」であったから起こった。この世に起こる全ての事象は何らかの「目的」に基く「必然」から起こる。かのハーバード・スペンサーが「進歩とは偶然に起こるものではなく、必然として起こる」と述べて、人類の進歩は完全な発展と純粋な善の完成形に向かい続けていると定義したことは、すでに前述したとおりである。



 そして物理学が示すごとく、万物あらゆる事象は何らかの形で必ずリンクしている。たとえそれ単独で見るとマイナスの事象であっても、それは必ず何らかのプラスの事象と連鎖している。単独で存在するものは何もないのだ。宇宙と生命と万物が連鎖するように、国家間のパワー・ポリティクスも連鎖し、「最後のユートピア」へ向けた人類の歩みにおける各国の歴史的使命もまた連鎖している。たとえ自らの役割を自覚している国はなくても、大きな「法則」が人類をその究極の到達点たる「調和のとれた幸せな一つの世界」へと至らしめるために、その方向へ全ての国家民族を本能的に突き動かしているのだ。私はこの壮大にして人智を超えた人類進化への道程、パワーの連鎖と衝突、破壊と創造の循環による進歩を「パワー・ポリティクスの未来学」と名付けている。そしてこの「最後のユートピア」へ向けた歩みこそが、私が提唱する日本の長期的未来戦略のグランドデザインなのである。


 日本のイラク戦争支持や自衛隊派遣はこのグランドデザインの中では小さな事象だが、しかし確実に一歩前進する選択でもある。私はイラクや北朝鮮の現在だけを見るのではなく、二十年後、五十年後、百年後の日本の未来を透察して戦略と戦術を判断している。それ故に私は、今この目先のイラク戦争だけを見て是非を論じる保守知識人にも、目先の北朝鮮の脅威だけを見て米国を支持するという依存心だけの人たちにも、もっと五十年後そして百年後の未来における日本と世界の中長期未来戦略を思い描いてほしいと心から願う。また政治家と思想家には日本文明が果たしうる使命について一層深く熟考してほしいのだ。「親米ポチ」だの「反戦平和」だのといったあまりにもスケールの小さい卑小な次元の論議、目の前に見える光景しか見ない近視眼的な論議ばかりが横行する中、それでも今やアメリカは「終わりの始まり」に突入し、ランドパワーとシーパワーは激突して「最後の戦い」の様相を呈し、中共は日本を属国化せしめる対日弱体化戦略を加速させ、そしてやがて何処かの国に覇権が循環する日は訪れるのだ。


 人の一生は短く儚い。しかしその短い一生は、国家民族が未来へ向けたステップを歩み続けるために存在する。アメリカの「最後の戦い」はこれから数十年は続く。イラクとアルカーイダだけが相手ではない。アメリカは「陸の文明」と戦っているのだ。「海の文明」がそれを征圧して世界新秩序が完成するまで、アメリカの敵は途切れることなく現われる。中共がその「アメリカの敵」の製造に励んでいる。日本がスーパーパワーを受け継ぎ、世界覇権国となって「最後のユートピア」を築くことができるのは、もしかしたら私たちの孫が老人となる頃かもしれない。しかし忘れてはならないのは、日本がその使命を実現できるか否かの幾つかの関門を通り抜けていくのは、私たちの世代だということである。少なくとも第一の関門を越えられたか否かの答は二〇二五年までには出ている。そんなに遠い未来の話ではない。


 ここまでお読み頂いた読者諸氏にはぜひ、この地政学の方則と未来戦略を念頭に置いて、もう一度本書を読み返して頂きたいと願う。全ての根源がここに帰結することが分かれば、まったく違った新たな視点、新たな世界観で物事の本質を捉えることができる。もっとも残念なことに、本章で述べてきた未来学の最後の結末を私たちは自らが生きる時代に知ることはないだろう。しかしその結末を象徴するかのような、もう一つの「予言」が為されたことを読者にお伝えしたいと思う。それは一九九九年十二月二十四日、キリスト教における「大聖年」となるその日その時に起こったことである。バチカンの聖ピエトロ聖堂の扉が開きローマ法王が民衆の前にその姿を現した瞬間、最初に奏でられた曲は何と日本の琴の音の「さくら」の調べだったのだ。従来はパイプオルガンでグレゴリオ聖歌が奏でられるのが慣例であったため、集まった民衆は驚きの反応を示し、やがてその琴の澄みきった音色に聴き入った。しかし旧世界から新しい世界へ向けてのファンファーレに選ばれたのが、何故グレゴリオ聖歌ではなく日本の「さくら」だったのか。世界中のキリスト教徒が不思議に思った。そしてローマ法王も教皇庁も一切その理由を明らかにはしていない。しかし私は直勘的にその意味を理解した。日本の時代が来るのだ。アメリカの覇権はやがて日本へと受け継がれ、キリスト教もイスラム教も超越した日本の神道文明が世界を救う時代が必ず来るのだ。いつの日か、日本がその最終的使命を果たしたるとき、それはローマ法王の「さくら」の予言が成就するときだ。偉大なる世紀への幕は上がったのである。


 かくて目覚めたる日本民族はこれから歴史の光と影の中を激しく疾駆していく。私はそう信じる。そしてその第一の関門を日本が通り抜けたとき、猛り狂う激動の世界の中で、日本の目の前にはさらに大きな関門がその姿を現す。それは覇権循環の日を迎えるために日本が突き進む栄光への道に、ひときわ高く聳え立つハードルである。そしてついにそのハードルを超えたとき、日本文明は「最後のユートピア」を築き、その至福の時代が永く続き、やがて人類の科学文明が臨界点に到達したときに、大いなる循環の「法則」によって人類の歴史は終わり「次なる地球の覇者の歴史」が始まる。


 しかしそれは遠い先のことだ。恐竜やマンモスが滅びたように人類もいつかは滅び、その次の覇者もまたいつの日か滅び、この地球の覇者交代は地球の寿命が尽きるまで循環し続ける。やがて寿命の尽きた地球はガスと塵に戻り、そして再びそのガスと塵が核融合して新たな星となる。まさに四十六億年前に地球が生まれたときのように。全ては連鎖し、全ては循環する。万物はその「法則」の中で永遠の流転を繰り返す。古代インドの叡智はそれを輪廻と呼んだ。

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 いかがでしたか?

 護憲・戦争放棄を叫ぶ人達に、どうすれば目覚めてくれるのか? 私の長年の悩みです。というのも、身近な所に確実に、反日勢力に繋がる人がいるからです。今回あった、『かつて日本は自ら血を流してアジアを白人支配から救った。一度できたことは必ずもう一度できる。アジアを二つのパワーの衝突点にしないために、日本がアジアの楯となって中共に対峙すればよいのだ。護憲だの戦争放棄だのという絵空事は本物の平和主義ではなく、自国だけは血を流したくない単なるエゴイズムにすぎない。戦って対決して血を流してでもアジアの平和を維持してこそ始めて、日本は真の平和主義国家となれる。一国エゴイズムでしかない卑怯な妄想平和主義なのか、アジアの平和を守るために戦争も辞さない鋼鉄の現実的平和主義なのか、日本がどちらを選ぶかで日本とアジアの未来は変わる。大東亜戦争における海洋国家日本の奮戦が東南アジアの海洋国家群に独立という「利益」をもたらしたように、モーゲンソーの説く「ビリヤードの玉」のごとくパワー・ポリティクスは全て連鎖しており、日本が中共との対決を避けることはアジアの平和を破壊することに確実に連鎖していくのだ。』 という文章に一縷の望みを感じ、働きかけていこうと思いました。

 小さい頃から、宗教上の対立で戦争が起こる事に、純粋に疑問を持っていました。この疑問は、私が日本で生まれ育った事に由来しているのだろうと、何となく感じていたのですが、この解決の鍵となるのも日本なのですね。これも何となくは感じていました。

 戦後の歪んだ社会ではあっても、積極的な戦争は望まないという日本の姿勢は、戦前から一貫していると思っています。しかし、戦後になって極端に戦争から逃げ続けた結果、現実社会で中共に追い詰められる状況に至っています。安倍政権の集団的自衛権から、憲法改正へ向けての活動で、戦前から一貫している積極的な戦争は望まないという日本の姿勢を保ちつつ、『戦うべきときに戦える国』に、早急に立ち戻る必要があると考えます。

復刊に御協力お願いします (ココをクリック)

すめらぎ いやさか★彡


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